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「大きな仕事をしたいなら責任を多く抱える成熟した人を目指すのがいいよ」の話

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「責任かぁ、あんまり抱えたくないな…」

 デンマークの首都コペンハーゲンにあるアートコレクターさんの自宅に話を聞きにきていた。離れたいと思っているのに、優劣に囚われてしまって、誰かと自分を比較してしまうことを相談していたら、この世にあるのは優劣じゃなくて未熟と成熟なんじゃないかっていう話をされた。成熟しているというのは、責任を取ろうとする態度だと。

 コレクターの老人はテーブルの上に乗ったフルーツティーを自分のカップに注ぎ足した。私はクッキーを手に取って口に入れる。時刻の合っていない時計が時を刻む音が、アート作品の飾られた部屋に響く。

「それならそれで構わないんじゃないか。誰かに強制されることでもない。言っただろう、未熟と成熟はどちらが優っているわけでも劣っているわけでもないって」
「そうですね。未熟なままでいたいなら、それでもいいのか」
「ただ、その場合は仕事の規模は大きくならないと思っているよ。君がそれでもよければ、だね」
「仕事、大きくならないですか?」
「成功者と言われている人たちを思い浮かべてごらんよ。責任を抱えずに成功している人っているかな?」
「ああ、いない、ですねぇ」

 私は有名な起業家やアーティストを思い浮かべる。大きな仕事をしている人はだいたい、それに見合うだけの責任を抱えている。作家だって個人で活動しているようだけど、創作物に対する責任を抱えているのだ。作品に強く感化された人がいた場合、社会に対する影響は。あるいは作品やパフォーマンス自体が危険を伴うものではないか。

 マリーナ・アブラモヴィッチというパフォーマンスアーティストがいる。自分の身体を無抵抗なまま観客にさらした「Rhythm 0(リズム0」という作品は、観客自身の潜在的な支配欲を刺激することはなかったのか。それが他の人に対する脅威にはならないのか。創作者がその責任を直接的に負うわけではないにしても、なにかを発信するというのは、受け取る人へのささやかな責任を伴うものかもしれないと私は思った。人気や知名度があるものはなんだって、影響力が大きくなるのだから。

「責任を抱えるって具体的にどういうことなんですかね。責任を取るって具体的にどういうことなんだろう。仕事を辞める? それとも謝罪する?」

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