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「大したことなくても自分だけの小さな成功を生み出せれば、世界はちゃんと広がるわ」の話

 扉が開く音がして、クロエが部屋から出てきた。私は北フランスに住むフランス人美術教師マリーの家に遊びにきていて、クロエは彼女の血の繋がらない娘だ。
 クロエは私たちのほうに一瞬だけ目を向けて軽く瞼を閉じると、そのままキッチンへ向かった。水を流す音が聞こえる。マリーはフランス語で何かを話しながら立ち上がり、キッチンへと向かう。しばらく、フランス語で話し合っている声が聞こえた。
 私は部屋に飾られたマリーの色鉛筆画を見ていた。苺がたくさん乗ったケーキの絵もある。とてもおいしそうだ。

「ちょっとだけ、さっきの鳥を教えてくれる?」
 マリーはリビングに戻ってきて私に言う。その少し後ろにクロエがうつむいたままついてきていた。
「もちろん、どうぞ」
 私は席を一つ開けて、マリーと私の間にクロエを手招きする。クロエは床に視線を泳がせながら黙って席に座った。
「好きな紙を選んでみてください」
 持ってきていた数枚の折り紙を出して、クロエに見せる。華やかな模様が描かれた折り紙を見て、クロエはわずかに目を見開いた。それから右の人差し指で赤い折り紙を選ぶ。
「これ、使っていい?」
「もちろん」
 私は折り紙を彼女に渡し、すでに折られていた折り鶴を崩して一枚の紙に戻す。新しい折り紙は全部、帰る時に置いてくるつもりだったので、なるべくきれいな紙を残しておきたいと思ったのだ。

「最初に三角を折ります。それからまた三角に」
 私はクロエのペースを見ながら、ゆっくり折り進める。その間にマリーはキッチンに戻り、クロエの分のパウンドケーキと紅茶を用意して持ってくる。
「こうやって四角にして」
 クロエは何度も私の折り紙を見ながら、慣れない手つきで折り紙を折り進める。
「首をこうやって作って。ちょっと見せてもらっていい?」
 尻尾を引っ張ると羽が動く鳥は、最初だけ羽の動かし方が難しい。だから、初めて折る人に教える場合、その部分だけは私がやることにしている。
「飛ぶ準備はいい?」
 クロエは私の質問に、小さくうなずく。その声に合わせて、私は鶴の羽を動かして見せる。羽が動いた瞬間、クロエの顔に笑顔がこぼれた。私は折り鶴をクロエに渡す。彼女は拙い手つきで尻尾を引っ張るが、なかなか羽が動かない。
「尻尾をもっとこっちに引っ張るの。あと、反対側の手は、鶴のねもと、このへんを持って。そう、そう」
 クロエが鶴を持ち替えてもう一度羽を引っ張ると、今度は見事に鶴が羽ばたいた。自分の折った鶴が羽ばたくのを見て、クロエが声を上げて笑う。
「マリー、見て。とてもきれい」
 マリーがクロエの言葉を翻訳してくれた。クロエの顔を見ながら、マリーは嬉しそうに言う。

「ちっちゃなことだけど、すごく嬉しいって。自分だけの小さな成功を生み出せれば、世界はちゃんと広がるのよね。世界が広がるきっかけになるなら、小さいことなんて何もないわ」

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