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「自己肯定の低さはただの思考のクセなのよ」の話

「なにかお手伝いできることがあれば、もちろん。次は折り紙をもっとたくさん持ってきますし、鶴以外にもいろんなのが折れますから」
 フランス人の美術教師の家に招かれ、私は彼女の手作りのパウンドケーキをいただいていた。彼女の血の繋がらない娘のクロエは、部屋に閉じこもりがちで、クロエを少しでも笑顔にしたいというのが彼女の願いだった。
「自分のことをダメだダメだって言うのが、いつの間にかクロエの口癖になってしまったの。自分自身の悪いところばかりが気になってしまったみたいで」
「ああ、私もそういうことありましたよ」
 唐突に自分を責める言葉を叫んでしまったり、自分で自分の頭を叩いたり。失敗したこと、後悔したことを思い出すたびにそんなことをして、それがまた、自分の自己嫌悪を引き起こしていた。

「自己肯定感ってどうやって持ったらいいんだろう」
 自分を愛せとか、自分を受け入れることが大事とか言われることがあるけど、どうなったら自分を愛してる状態になれてるんだろう。少なくとも、自分で自分を悪く言ってる間は受け入れてはいなそうだ。
「自己肯定感なんて、ただの思考のクセよ。口グセと同じ。赤子が指しゃぶりをやめられないのと同じ」
「クセですか?」
「そう。人間って毎日ほとんど同じことを考えてるって話を聞いたことがあるの。九割くらいだったかしら。それって、ほとんど毎日同じことを考えてるってことじゃない。私、思うのよ。新しいことを考えるってけっこう大変じゃない? 同じことを考え続けるほうが楽なんじゃないかなって」
「そうですね。そう言われると、割と毎日同じことを考えてる気がします」
 フランスに来てからは、物語のことを考えていた。あとはスーパーが遠くて、誰かに車を出してもらわないといけないので、食材の残りを考えていつ行くのがいいかっていうのを考えている。ほとんど毎日、ごはんと明日はどこを歩こうかなっていうことくらい。新しいことは、ほとんど考えていない。

「自己肯定感も同じようにただのクセなのよ、きっと。一度、自分なんてって考えちゃうと、それが楽になって毎日同じように自分はダメって考えちゃう。ただそれを繰り返してるだけ。本当に思ってるわけじゃなくて、繰り返すのが楽だから同じことを唱えてしまうだけなのよ」
「ああ、そうですね、そうかもしれない。だとしたら、そのループから抜けられたら、自己肯定感も上がってくるのかな」
「私はそう思ってるわ」
 彼女はパウンドケーキにフォークを入れて口に入れる。
「自分の人生を、自分や誰かのことを悪く言うために使うなんて、もったいないじゃない」
「ほんとに。でも、それが分かってても、思考の癖はけっこうやめられないです。どうしたらいいんだろう」
「クセなんだから、ちゃんと変えられるわ」
 彼女は紅茶で口を湿らせてから話し始める。

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