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「優秀な人だと思って扱うとそういう人になってくるよ」の話

「そもそも嫉妬するくらい優秀な人が、敵じゃなくて味方になってくれたら一番いいよね」
「ああー、そうですね。優秀な人が何も言わずに助けてくれるなら、それは一番助かります。でも、そういう人はもっと活躍できるところにいくんだろうなぁ」
 私はテーブルに置いてあったマスカットの房を千切って片手に抱え、話し相手の老人と同じように一粒ずつ口に入れる。老人はデンマークに住むアートコレクターで、室内には小さなアート作品がたくさん飾られていた。
 私たちは嫉妬について話しながら、老人が用意してくれたカットフルーツをつまんでいる。

「優秀な人が手伝いたいと思ってくれるようになるには、なかなか大変だ。彼らには仕事を選ぶことができるからね。それに、だいたいの人は自分は人より優秀だって思っている、たぶんね」
「あはは、それはそうかも。自分にも思い当たることはいっぱいありますよ」
 自分と他人では、考えていることは全然違う。どうして分からないんだろうって自分が思っている時は、たぶん相手も全く同じことを思ってるんだ。
「自分が優秀だと相手に思ってもらいたいなら、相手にとって本当に助けになることをするといい」
「誰かの助けになるって結構難しいですよね…。ただ助けているだけだと自分が疲弊しちゃうし、すごい人はそもそも私の助けなんて必要ないだろうし」
「確かに他人の力になるのは難しい。相手が望んでいることが分からない時は、無理に助けになろうとしなくてもいいかもしれない。でももしも優秀な人を味方につけたいなら、相手をまずは優秀な人だと思って扱うといいよ」
「相手を優秀な人として扱う?」
「そうそう」
 老人はうなずき、手に握っていたマスカットの最後の一粒を口に入れた後、飲み物を忘れたと言って足早にキッチンに戻る。部屋には時間の合っていない時計が時を刻む音が響いていた。

「どうぞ」
 老人が持ってきてくれたのは、レモンの輪切りが入った炭酸水だった。クッキーを食べ続けていたから、さっぱりしておいしい。ここにいると甘いものとさっぱりしたものが交互に出てきて、永遠に食べ続けてしまいそうだ。
「ありがとうございます」
「相手をまだ未熟な若造だと思って扱うと相手もそう振る舞う。相手を成熟した大人だと思って扱えばそうなる。もしも相手のことをできないやつだと思ったとしたら、相手も確実にこちらの気持ちを感じ取ってる。
 考えてごらんよ。自分のことを見下してくる相手のために頑張りたいなんて誰も思わないだろう?」
「確かに」
 老人は炭酸水で軽く喉を潤す。
「相手の能力をこちらがもっと引き出せればいいんですかね。どうしたらいいんだろう」
「初対面の相手ではなかなか難しいと思うけど、少なくとも何かを言う時に笑顔を絶やさないのはいい方法だと私は思っているよ。人に注意する時、要求する時、指摘する時。特に厳しいことを言う時には、ひと呼吸待つこと。あとは笑顔でいることだ。たとえメールする時でもね」
「ひと呼吸かぁ。あー、けっこう待ててないかも。私、けっこうせっかちんですよね」
「自分のルールとして決めてしまうことだよ。急いで厳しいことを言ったところで、自分にとってなんの得にもならないだろう。それよりも、どうしたら相手が自分の味方になってくれるかを考えたほうがいい」
「はい、そうですね、ほんとに」
 私はレモンの入った炭酸水を軽くまわした後に口にした。舌の上で炭酸がパチパチと弾けて気持ちがいい。

「笑顔でいることも大事。笑顔をつくりながら怒るのは難しいから、それだけでもちょっと言葉が優しくなるよ。相手に分かってもらおうとするなら、厳しい言い方をするだけが方法なわけじゃないんだ。特にお互い大人な場合はね」
「そうですね。相手の状況がくわしく分かっているならともかく、私は一人で仕事をしているから、関わる相手もだいたいその時だけです。だから、そんなに相手のことを分かってるわけじゃないし」
 相手のためを思ってなんて、きっと押し付けにすぎない。求められてもおらず、相手のことを理解しているとも言えないのに、いろんな意見を言ったところで相手も困惑するだけだ。
「優越感は娯楽の一種だから、つい言いたくなってしまうこともある。でも、味方を増やすという意味では、あまりいい方法じゃないかもしれない。どうやったら相手が自分の味方になってくれるか、どんな行動をしてもらえたらうれしいかっていうことから、自分の言動を見直してみるといいかもしれない。だけど」
 老人は手を伸ばして皿に乗ったリンゴを一つ取る。

「まずは相手をすごい人だと思って扱うことだよ。優秀な人として扱われると、人はそう変わっていくもんだ」

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