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[日録]ある物書きの僅少な生涯と多大な弁明

May 2, 2021

 自己紹介を兼ねた文章が書きたいわけではない。誰かに話すべき何かがあるわけでもなければ、私を知ってもらいたいという気持ちも微塵も無い。それでも、久しぶりに指は動かしてみたい。
 そんな宙ぶらりんな状態で書き始めたこの文章には、日記だの雑記だのとは名付けずに "日録" という言葉にして「今、私はこんな状態のようです」と誰かに報告する体裁を含んだ文章を書く気持ちで臨んだ方が心地が良い。まだ初めて間もないnoteだが、他方に一通り目を通してみたところ、最初の投稿は自己紹介文にしておくのがベターだと見受けられた。今、この文章が、初めて私自身の言葉でnoteに綴った文章であることから、私はそんなベターな道を歩めない人間であるという自己紹介になっているとも考えられる上に、鈍臭く面倒臭がりで面倒臭い私を顕しているかのような態度が窺え、我乍ら好感が持てないこともない。
 客観的に見て今の私は、プロフィール写真を除いて一発目にビートルズの "Girl" の和訳(意訳)を投稿するような人間である。私生活で何かあったのかな、と思われても仕方がなく、見る人によっては "イタい" 人間とすら思われるだろう。しかし、勘違いしないでいただきたいのは、私は今、むしろ "イタい" とされる感情から縁遠いところにいるため、冷静と情熱のあいだでビートルズの綴ったその歌詞を、自分の言葉に落とし込もうと努められたのかもしれないと認識している人間であるということだ。もし私が渦中にいるのであれば、そのときの渦巻く感情を戸惑いの中で文章に置き換えられる器用さを持ち合わせていないような高倉健よりも不器用な人間なので、それは私ではない。然りとて、英語で書かれたものを正しく理解でき、和訳に対して意気揚々と取り組むことを好む人間というわけでもない。私にとって、英語で書かれたものを和訳することは、齢二十七にして初の試みだったのである。
 そもそも、私は英語を喋ることができない。高校生の時分は、教科書と指定の参考書からしかテスト問題が出題されなかったので、それらを前日までに丸暗記してテストに挑み、上位十人に入るほどの点数を何とか稼いでいたような人間である。良く言えば容量の良い学生として、それなりと見做されている大学に入学したが、卒業して五年ほど経つ今でも第一文型から第五文型まで正しく言える自信などさらさらないし、リスニングも大して理解できないことに加え、英作文も満足にできない私が英語を "正しく" 理解などできようはずがない。ただ、小学生の頃から洋楽を好んで聞いていたため、単語単位で理解することは人並み程度にできていたとは思う。それができるようになったのが周りと比べて早いか遅いかは分からないが、それを理由の一つに、私は英語ができないからといって英語で構成されたものから遠ざかることはしなかった。大学時代に出会った中では、英語から遠ざかりたいと望んで生活しているのに、街中やアルバイト先で自然と耳に入ってくる英語の歌詞を聴くだけで憂鬱になるほど英語が嫌いな人もいたが、私はそういうわけではなかったのだ。また、歌詞の意味がわからないからといって洋楽を聴かないわけでもなく、むしろ日本語の曲よりも好んで聴いているかもしれない。日本語の曲だからといって遠ざける/遠ざかるような姿勢は勿論しないよう心がけているが、単純に音楽として触れた時に心地良いかを頼りに自分の取るに足らない時間を削ってまで聴くに値するかを反射的に峻別しているだけなので、この状況が願った結果だったというわけでもない。私が私として生涯を過ごす中で、辿り着いた結果としてそうなっていただけなのである。つまり私は、意味が分からないから遠ざける/遠ざかることこそ、最も意味が分からないことだと思っているのかもしれない。
 曳いては英語が正しく理解できないからといって、ビートルズの歌詞を理解できないわけではないだろうが、私なぞが英語で読んでも理解できないことは先述した話から誰しもが容易に推察できる燦然と輝く事実だろう。日本語であれば、このように "燦然と輝く" などとさらりと言ってのけたりできるが、英語となるとそうは行かない。手始めにビートルズの歌詞を理解するため、既に世に出ている和訳を見てみようと思い立ち、MacBookを手に取りGoogle検索にかけると和訳を載せているホームページが山と出た。洋楽を聴き始めた頃から今に至るまで、和訳を知りたくなった曲名を検索にかけては、どこかで少し後ろめたさを感じながらもそれらを読んでいたので、この検索結果には特に驚くこともなく、一番上から適当に開いていく。昔から、翻訳されたものを読むのは何となく苦手に感じていた。小学生の頃は漫画が大好きで、それと並行して活字の本も多くはないが目につくものは読んでおり、中でも『ダレン・シャン』シリーズがお気に入りだった。ヴァンパイアを物語の主軸に据えたダークな世界観に切ない恋物語が展開される第3巻は特に圧巻の出来で、何度も何度も読み返した。しかし、同じように洋書の翻訳である『ハリー・ポッター』シリーズは、文章に違和感を覚えて読み進めることができず、30ページも読まずに閉じたままだ。そうして今に至る私はというと、良い悪い/好き嫌いの判断があの頃よりも明確になっているので、翻訳されたものに対して抵抗がなくなったわけではないかもしれないが、楽しむことはできるようになったという感覚を理解しようとしている過程にいると仮定すれば判りやすいかもしれない。
 "ビートルズ" , "Girl" , "和訳" のGoogle検索結果件数は約150,000件。当然すべて見るわけにも行かないので、SEO上位のものから順番に開いては閉じてを繰返し、見比べていく。細かな訳し方が異なるだけで大筋が同じようなものもあれば、そもそものストーリー自体が異なるように訳しているものまで様々である。それでいながら、不思議と総じて同じことを書いている印象を受けた。中には大層な戯曲のように訳している方もいて、それらに触れることで、和訳は零から何かを生み出すこととは異なり、ある種の二次創作であるため、その個々人による印象が内在していても良い文化なんだと認識できたことに思わず安堵した。何か一つのものを、一つの絶対的なものとして捉えることは骨の折れる作業なので、自分が素直に感じたことを大切にしても良いと言ってもらえた気がしたのだ。
 そうして、私はたまたま聴いていたビートルズの "Girl" を自分なりに和訳して、ジョン・レノンが綴った歌詞を私の言葉として落とし込んでみようと思い立った次第である。失恋したからだとか、忘れられない人がいるからだとかを引金に及んだ行為では断じて無い。そのような耽美な世界は好きではあるが、今の私の身に降りかかっているわけでもなければ、そこから遠ざかろうと努めているわけでもない。しかしながら、そこに身を投じてしまうと愛とは絶対的な何かであると理解することを強いられてしまう気がして、その理解に努める行為を "体力のいる作業" としか捉えられない内は、何か行動を起こそうとも思えない。単純に、そのとき聴いていた音楽の歌詞が気になっただけのことであり、投稿した今でもその気持ち以上のものは何も生まれていない。私が個人的な体験として楽しかったということと、自分の中のビートルズを今まで以上に理解できた気になれただけで、それ以外に対外的にも何かが大きく変わったわけではない。
 加えて、私は音楽がまったくできない。それによって、私が好きな音楽を、音楽を作る側にいる人たちほど理解できていないのではないかといった不安など欠片も感じることなく、且つ、ビートルズの楽曲を和訳したことでビートルズを理解できたと悦に浸ることは烏滸がましいにも程があるとすら思う。だからといって音楽を作る側に立ち、より一層深い音楽の世界を味わいたいとは思えない。というより、音楽を作ることに関しては自ら進んで遠ざかっている。文章を書いたり、映像を作ったりすることは好んでやることもままあるので、その作業に対しては人並み以上に理解は及んでいるとは思うが、人並みの話題に上がらない程度の実力しかないので、そんな私が「では音楽も」など易々と手を拡げられるような代物ではないと物怖じしてしまうのである。音楽を作る側である友人からは「そんな気負いせずに作ってみたら良いのに」と勧められたことが幾度かあるが、そもそも何かを作るという行為自体が私にとっては気持ちの落ち込む作業となることもしばしばあるので、そんな行為を増やしたくないからやらないと告げている。音楽を聴くことは好きだが、作ることにまで手を伸ばしてしまうと、聴く姿勢も変わってくるだろう。それはそれで興味の疼くことではあるが、今すぐにやりたいわけでは毛頭無い。突然、日常に潮の流れのように訪れるビートルズに耳を傾けたとき、音楽を作らないと決めている私のような人間でも、この素晴らしい音楽を少しでも深く理解できる方法はないだろうかという一抹の願望が脳裏を掠めただけで、そして、たまたまそのときに手が動いただけで、前のめりに意気込んで取り組んだわけではない。インプットとアウトプットの中間で揺れ動いていたわけでもなく、ただコーヒーを淹れるときと同じように楽しみながら、トイレ掃除をするときのような丁寧さで、少し手の込んだ晩ごはんを作る毎日の繰り返しの中から零れ出た矮小な衝動で紡いだ和訳に過ぎなかったが、幸運なことに周りの方々からは随分と反応が良く、こんな人間でも生涯を全うして良いと保証書にサインをしてもらえたようで、そのまま手に取り大きなお世話だと破り捨てたい気持ちを抑えながらも、有り難く受け取って適当に真っ直ぐと歩んでいこうと思う。



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