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短編小説『まくら投げ屋』3/5

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 自宅に面した路地に、一台の大型トラックがとめられていた。

 決して大きいとはいえない路地なので、そのトラックがとめられてしまうと、乗用車がすれ違うことはできない。トラック側もそう思ったからなのか、開き直って威風堂々と路の真ん中に駐車されている。邪魔であることこのうえない。

「まさか、これですか」

 とは質問したものの、【まくら選び屋】とそのトラックは奇妙に似合っていて、疑う余地はなかった。

「ええ、これがわたくしのお店ですぅ」

 【まくら選び屋】は、まさかの移動販売だった。この大型トラックいっぱいに、商品を詰め込んで運び、家々をまわっているのだという。『まくら選びでいちばん大事なことはぁ、なんと言っても鮮度ですからぁ』というこれは彼の言だ。

「やはり、まくらはカタログで選んで、というのはなんとも上手くいかないものなのですよぉ。自分の目で見て、頭を載せて、Throwingしてみて、はじめて自分だけのまくらというものをThinkingすることができるわけですぅ」

「Throwingも必要ですか」

「Throwingも必要ですともぅ」

 やっぱり達者な“Th”の発音が気になりながらも、【まくら選び屋】のまくらを選ぶことへの情熱が伝わってきて、それならひとつ、と手持ちのまくらをみせてくれる運びになった。

 トラックのかんぬきが外され、重々しい扉が開く。

 そこは今まで出会ったことがないような桃色の空間だった。桃色。一面の桃色。思わず足を踏み入れるのもなんだか躊躇われるような空間だった。それもそんな空間が重々しいトラックの中にあるので、別世界感に少しめまいがした。

「どうですぅ?」

 どう、と言われても。

「なんだか夢みたいです」

 悪夢寄りの。

 しかしその言葉を聞いた【まくら選び屋】はおまんじゅうみたいな頬をつりあげて、満足げな笑みをつくった。

「そうでしょう、そうでしょう」

 めまいがおさまり、視界いっぱいの桃色に目が慣れてくると、今度はいくつものハート型が目につくようになりはじめた。大きいハート。小さいハート。まるいハート。角張ったハート。そのひとつを手にとってみる。

「まさか、これ全部まくらなんですか」

「そうですともぉ。わたくし、【まくら選び屋】ですからぁ」

 さきほど渡されたパンフレットには、このことが書かれていたのだろうか。だとしたら、ちゃんとめくって中身まで目を通すんだった。と初見のバーでぼったくられたような気分になった。

「お客さん、お目が高いですねぇ」

「え」

「今お客さんが選んだそちらの商品、なんと限定生産でしてぇ。同じものは世界に七つしかないんですよぅ」

 選んでないし、こんなもん全部限定品みたいなものだろ、と言いたくなったが言わない。

「ドラゴンボールみたいですね」

「……」

 客のユーモアたっぷりの言葉をニコニコ笑顔で無視してから、【まくら選び屋】は言った。

「試してみますかぁ。よかったら」

 返答を待たず、彼は狭い荷台のなかでふくよかな体を上手く動かしながら、何かの準備を始めた。その間、手持ち無沙汰だったので、なんとなく手元のハート型まくらに目を落とす。

 どちらかと言えばひかえめな桃色のそのまくらは、なんの変哲もないものに見える。硬すぎず、柔らかすぎない。高反発でも、低反発でもない。普通のまくらに比べて、厚みがあるようにも思えるけれども、そもそもその普通のまくらという基準が正しいのか、自分でもよくわかっていない。

 そう考えると、自分はまくらについて何も知らないのではという気がしてくる。

 まくらについて何も知らない人間が、【まくら選び屋】や【まくら投げ屋】についてなにも知らないのも物の道理か。

「さあ、どうぞぅ」

 呼び声がかかって、顔を上げた。すると荷台の最奥に、先程まではいなかったマネキンが現れているのが見えた。たぶん、このハートの山に埋もれていたのであろうが、今はなんとか這い出して、こちらに向けて、何かを投擲するような姿勢をとっている。

「Let's Throwing!」

「うわびっくりした」

 急に近距離で大きな声を聞いたせいで、心臓が飛び跳ねる。

「え、あの、試すってThrowingをですか」

「That's right! Throw it! Now!」

 もともとの明朗快活さに、さらに怒気をはらんだような【まくら選び屋】の声。狭い荷台の中で聞くと、もうどこにも逃げ出しようがないという気分になる。

「ええい、ままよ!」

 勢いに負けて、マネキンにハートを投げつける。

 見事。ハートはマネキンの振りかぶる寸前といった姿勢の肩に命中し、バランスを失ったマネキンは横ざまに倒れ、大きな音が鳴った。なんか、ごめん。マネキンも、ハートのまくらも、悪くない。たぶん悪いのは全面的にこっち。

 言いしれぬ罪悪感は、背後から聞こえる拍手にかき消された。

「すばらしいですよぉ! Awesome!」

 ただその拍手は、敷き詰められたハート型のまくらたちに染み込んで、あまり響かなかった。

     【次話 ▼】


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