短編小説『まくら投げ屋』1/5
『まくら投げ、はじめました』。
今朝、ゴミ出しにいくタイミングで郵便受けを確認すると、電気代の請求書といっしょにそんなチラシが入っていた。
どうみても手書きで、どうみても素人のデザインしたものだった。ただ“Happy Your Makura Throwing”という筆記体のアルファベットだけがいやに達筆で、ゴミ袋にいれるのがなんだかためらわれた。
“Makura”のスペル、“r”であってるのかとか、いやいや枕は“Pillow”だろとか、“Your”は“Makura”と“Throwing”のどちらにかかっているのだろうとか、そもそもなんかこの英語おかしくないか、とかいろいろ考えてしまう。そして日が暮れた。
というか。そもそものそもそも。
【まくら投げ屋】ってなんだよ。
ただその一点の疑問を解消するためだけに、チラシに記載された番号を押した。
これもチラシに記載されている営業時間には、“8:30-0:00”と示されている。朝はやいな、おい。
ピッタリ二度鳴った呼び出し音のあと、女性の声が出る。
『はい、こちらまくら投げ専門店“Happy Your Makura Throwing”です』
あ、それ店の名前なんだ。
「あの、【まくら投げ屋】というものに興味があって」
『ありがとうございます。お日にちはいかがされますか?』
「ええと、すぐ知りたいんですけど」
『本日でございますね。かしこまりました』
「あの、チラシが入っていたんです。お店の」
『それはそれは! お電話ありがとうございます! アレ、実はわたしが書いたんですよ!』
電話口の女性は、心底うれしそうな声を出した。
「え、やっぱり手書きなんですか、アレ」
『そうなんです! まごころが伝わるように、と。今こうしてお話しているあいだも、ずっと書かせていただいてます』
「え、今って、今ですか?」
『今って、今です!』
返答に窮していると、話し相手の背景で間断なくする、小さな音に気づく。どことなくイルカの短く鳴くような、バスケ部が活動する体育館のような。それはそう、マジックのペンが紙の上を奔走するような音。まじで書いてんじゃん。
『それでは、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?』
声の調子は丁寧なんだけれど、これ書いてんだよね。いま。
“Happy Your Makura Throwing”って。
『まくら投げ、はじめました』って。
「はい、ええと、タジマです」
『マクラさまで……。あっ、ちがう。タジマさまですね。失礼いたしました!』
引っ張られてんじゃねえか。一回、手止めようよ。
『ほ、ん、じ、つ、タ、ジ、マ……と』
ねえ、書いてるよね、今。メモなの、それ。チラシ用の紙じゃないの。てかあんま本人のいるところで、そういうの声に出さないでほしいんだけど。逆にないだろ。まごころ。
『これでよし。それでは、ご予約、ありがとうございました!』
声が終わり、耳障りな音がしたあと、画面には『通話終了』の文字。
いや、自分から切るなよ。
というか結局いったい、なんなんだよ。
【まくら投げ屋】って。
【次話▼】
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