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短編小説『まくら投げ屋』5/5

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 ダイ・ハード/ラスト・デイって何作品目なのだろう。

 そんなことがふと気になって、スマホを取り出した。

 ダイ・ハードって、たしか、アクション映画だよな。そんなに騒音気になるのかな。フランス映画でも観てるわけじゃあるまいし。いや、もしかするとめちゃくちゃ繊細なアクション映画という可能性もある。

 快速列車なみに思考が次々過ぎていく。

 まくら投げるなって言われたな。絶対に。

 しかし鈴木さんには悪いが、こっちはもうそんな、投げる投げないの段にいないのだ。投げる一択。おれの今日一日はまくら投げのためにあった、と言っても過言じゃなくなってしまっている。だって、新しいまくらまで手に入れたのだ。ハート型だけど。

 おれと【まくら投げ屋】。明日になれば、たぶん街ですれ違ってもわからないような間柄になるのだろう。こっちは偶然予約をいれられてしまっただけの客未満の存在で、向こうは仕事。

 でもこのまくら投げに対するざわざわした感じは、誰にも止められないのだ。

 手にしたスマホで検索ブラウザを立ち上げたところで、着信が入った。

『あ、もしもし。【ほんじつタジマ】様のお電話でお間違いないでしょうか』

 お間違いある、お間違いある。『ほんじつ』要らないんだよ。名前じゃないから、それ。

 あのメモか。と合点がいった。【まくら投げ屋】に電話をいれたときの女性の声がよみがえる。しかし否定するのも、なんだかもう、めんどくさい。

「……ああ、まあ、はい」

『私、まくら投げ専門店“Happy Your Makura Throwing”のスタッフの辻本と申します』

「あ、どうも」

 辻本、と名乗ったそのスタッフの“th”の発音は、“ス”に限りなく近いもので、とても好感がもてた。

『先ほどは、ご予約ありがとうございます』

 スタッフ辻本は、そう前置きしてから切り出した。

『あの、【ほんじつタジマ】様には、大変申し上げにくいのですが……』

「なにか、問題でも?」

『はい、ええと。実は当店のまくら投げスタッフが全員、『明日のスターは君だ! 夏の甲子園、高校球児たちとまくら投げ交流会 2024!』にイベントスタッフとして駆り出されており、本日、【ほんじつタジマ】さまのご予約をキャンセルとさせていただきたく……』

「え、キャンセル、ですか」

『はい、大変もうしわけございません。『明日のスターは君だ! 夏の甲子園、高校球児たちとまくら投げ交流会! 2024』さえなければ、このようなことにはならなかったのですが。『明日のスターは君だ! 夏の甲子園、高校球児たちとまくら投げ交流会! 2024』があることがスタッフ全員に伝わっておらず、また『明日のスターは君だ! 夏の甲子園、高校球児たちとまくら投げ交流会! 2024』の予定をしっかりと把握していなかったのは、全面的にこちらのミスですので……』

 そんな何回も言わないでほしい。逆にないだろ。誠意。

 結局そのあと、『明日のスターは君だ! 夏の甲子園、高校球児たちとまくら投げ交流会! 2024』という、さして語呂も響きもよくない、煮崩れたシチューみたいなセンテンスを5回ほど聞かされたあと、その通話は終了した。

 時刻は夜の22時。

 部屋の小さな窓を開けると、鈴虫がたてる涼し気な音色が聞こえた。

 それは地面から湧き上がって、星のまばらにちらつく夜空に昇っていくようだった。

 おれは窓から、全力でハート型のまくらを放り投げた。


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