見出し画像

担当の美容師さんが、いつのまにか辞めていた。

髪が伸びていた。

ぼくの髪はいまロングと言っていいくらいの長さで、下ろすと肩くらい。普段は結んで生活している。

このくらいの髪の長さになると、なんだか切らなくても変わらないのではないかという気がしてくる。

だから何かの基準があって美容室に行くわけではない。

半ば義務感のようなものだ。

世界にぼくとぼくの担当美容師さんの二人だけなら、絶対に髪を切ってもらったりはしないだろう。


毎回PCで予約をするのだけど、その担当美容師さんのカレンダーがすべてバツ印で埋まっていた。

『そんなに人気なのか、また来月でも良いか』と肩を落としたが、いや待てよ、と踏みとどまる。

今は月の頭。いくら人気の美容師だからといっても、その月の予約がすべて埋まることなんてあり得るのか?

そう思ってふと自己紹介の欄を見てみると、「今月いっぱいで」の文字。

「ああ、なんだそういうことか」疑問が解けた。

疑問は解けたが、ショックがきた。

別にそれほど仲が良かったという訳ではない。

ありふれたどこにでもある、客と美容師の関係。ぼくはお金を払い、彼女はハサミを動かす。それだけ。


しかしこの感情はどういう類のものか。

もうあの美容師さんとは、二度と会うことはないだろう。

周辺の居酒屋の情報とか、おすすめの海外ドラマの感想なんかを報告しあうこともないのだ。

そんなふうに定期的に顔をあわせ、ゆっくりとした時間を過ごすなんて知り合いは数えるほどしかいない。

あの人はぼくの事を覚えているだろうか。ぼくはいつまで、このことを忘れずにいられるだろうか。

人と人の関係は有限だ。残念なことに。

『そばにいる人への感謝を忘れないように』
なんてことを書くつもりもない。

でも。たまにはちょっとだけ足を止めて、親愛なる友人たちの顔を思い浮かべる時間があってもいいと思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?