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あなたのデザインは誰を排除しているか?インクルージョンとデザインについて、改めて

こんにちは。アル株式会社でCCOをやっている@ottieeです。

ちょっとしたきっかけから、インクルージョンとデザイン、そしてインクルーシブデザインについて改めて考える機会があったので記事にしておきます。

ちょっとしたきっかけ

ある日のミーティングのあと、集まった6人のメンバーでランチに行きました。初めて訪れたお店で、渋谷駅近くの立地の割に値段も安く、店もゆったりとしていてソファ席もあり、良い雰囲気のお店でした。

通された席にはモバイルオーダーのQRコードが記載されたカードが置かれていたので、早速注文をしようとすると、出席したメンバー半数のスマートフォンでQRコードが読み取れない、という問題が起きました。

古いスマートフォンであるとか、カメラ機能が欠損しているとか、そういうわけでもなく、中には最新の折りたたみスマホを使っているメンバーもいましたが、読み取りができませんでした。

理由としては印刷されたQRコード自体の解像度やコントラストであったり、お店の照明の暗さなどが考えられるのですが、

結局解決できず、店員さんにオーダーできない旨をお伝えし、口頭でのオーダーができるか聞いてみたのですが、モバイルオーダーに統一されているらしく(ランチだけかな?)

結局、別のメンバーのスマートフォンでまとめてオーダーする、という形で落ち着きました。


ここで体験したことを抽象化すると「モバイルオーダーというお店を利用するためのシステムからユーザーが(完全ではないにせよ)排除された」といえそうです。

モバイルオーダーは、店側、顧客側にとってメリットのあるシステムですが、インクルージョンという視点では考慮すべき点がいくつもあるな、とハッとしました。

そもそもインクルージョンとは?

インクルージョン(Inclusion)について簡単に説明します。直訳すると「包括」「抱合」などと訳されています。

「包括」と言われてもピンとこないかもしれないですが、Inclusionがやや直感的でない和訳をされているのは、Inclusionという概念が比較的新しく、言葉の持つ意味がそもそも人によって様々であることに起因していそうです。

Inclusionという概念は、1960代フランスで経済格差から生まれる社会的排除(Social Exclusion)が言われるようになった際、反対の概念として生まれました。

つまり、Not Exclusion が Iclusionであり、身体的社会的あらゆる属性の違いを許容し排除しないこと、がInclusionの意味であり、DE&I(Diversity, Equity, Inclusion)の文脈でも語られるように、インクルージョンを考慮し取り入れることで、より良い社会・組織が形成されるという考え方があります。


前述のモバイルオーダーを導入したお店で、結果として排除されたのはどんな属性の人たちでしょう?スマートフォンでのオーダー、という一点に注目すると

  • スマートフォンを所持していない

  • スマートフォンは所持しているが

    • 充電が切れている

    • 通信状態が悪い

    • アクセスするサービスを制限されている(ペアレンタルコントロールなど)

    • QRコードを読み取れない機種である

これらの属性を持つユーザーはシステム利用が困難なため、排除されているユーザーと言えます。

もちろん他にも、視覚聴覚など身体的なものであったり、日本語が読めないなど、モバイルオーダーシステムからユーザーが排除されてしまう要因は多く存在しますが、前述のスマートフォン依存に関わる排除は「口頭でオーダーできる仕組みを縮小してでも残す」ような対策で比較的簡単に是正することが可能です。

スマートフォンが普及して、世の中が便利になっていくことは、全体から見るととても良いことだと思う反面、やはり一定数の「取りこぼし」が発生してしまうことは胸に留めておく必要があるなと感じています。

スマートフォンが当たり前(のように)なったから生まれた新しい「エクスクルージョン(排除)」と言えそうです。

インクルーシブデザインについて

上記の例で挙げたような、意図しない排除を生み出さないデザインの考え方・手法として、インクルーシブデザインがあります。

インクルーシブ(Inclusive)は、先ほど紹介したinclusion (包括・包摂)の形容詞の形です。以下にChat GPTに要約してもらった内容を引用します。

インクルーシブデザイン(Inclusive Design)は、製品やサービス、環境などを誰にとっても利用しやすくするための設計アプローチです。これは、身体的な障害や認知的な特性、文化的背景、年齢、性別など、さまざまな人々のニーズや能力を考慮することを重視しています。インクルーシブデザインの目的は、多様なユーザーが同じ製品やサービスを効果的に利用できるようにすることで、社会的な包摂性や平等性を促進します。

Chat GPT による要約

インクルーシブデザインはざっくりいうと「サービスやプロダクトに触れるすべての人が利用しやすいデザインを目指す考え方、およびその手法」です。原則として、

  • 排除を認識する

  • 多様性から学ぶ

  • 一人のために解決しそれを大勢に拡張する

というプロセスを踏んでデザインをしていきます。

ユニバーサルデザインとの違い

似たような言葉として、ユニバーサルデザイン(Universal Design)があります。デザインの目的としては「すべての人が利用しやすいデザイン」ということで一緒ですが、手法が異なります。

ユニバーサルデザインとインクルーシブデザインのターゲットの違い

ユニバーサルデザインでは、問題を解決する主体者(多くの場合デザイナー)が、サービスやプロダクトを様々な障害を持つ人(※1)にも使いやすくデザインします。

一方、インクルーシブデザインでは、すでに排除されているユーザーにフォーカスをあて、そのユーザーをデザインプロセスに巻き込み、そのユーザーのためにデザインをし、それを一般に拡張していく手法を取ります。


(※1) ここでいう「障害」は身体的なものだけでなく、言語・宗教・性別・年齢・経済・技術、様々な違いによるアクセスのしづらい状態を指します。 例えば ・日本語が母国語でないユーザーにとっての翻訳機能のないサービス ・性的マイノリティの人にとっての「男性・女性」しかない入力フォーム ・スマートフォンを持たないユーザーにとってのモバイルオーダー ・通信環境の悪い地域の人にとっての高解像度の画像を多用したサイト などもサービス・プロダクトを利用するための障害となります。


排除を認識する、デザインにおける無意識の排除とやっかいな思い込み

デザインは(ほとんどの場合それは無意識ですが)常にどこかの誰かを排除をしています。

例えばあなたがインターネットサービスをデザインし、提供する側だったとして、そこで使われているフォントサイズを12pxから10pxに変更する、注釈の文字のグレーを少し薄く変更する、ボタンの配色を緑から赤に変更する…

たったそれだけで取りこぼされるユーザーが発生する、ということを頭の片隅に置いていてもよいでしょう。

無意識に行われる排除も問題ですが、もっとやっかいな問題は経験を積んだデザイナーによる思い込みです。

こんな話があります。

インクルーシブデザインの提唱者であるロジャー・コールマン教授が、車椅子のユーザーに、キッチンを改装を依頼された時の話です。

教授は自身の経験から、機能的で車椅子でも不便なく使えるキッチンに改装するのが良い、と考えていましたが、車椅子のユーザーは「誰しも羨むキッチンが欲しい」と言いました。

障害があるのだから、それを埋めるデザインをすればよいと思い込んでいたデザイナーと、実際に利用に障害がある当事者の求めるものが大きくずれていた例です。

このようなミスマッチを防ぎ、より利用しやすいデザインを作るため、インクルーシブデザインでは、すでに排除を経験しているユーザーをデザインプロセスに巻き込むアプローチを取ります。

多様性から学ぶ、排除を経験したユーザーを巻き込む

インクルーシブデザインのアプローチの最も特徴的な点が、障害があるユーザーをデザインプロセスに巻き込む点だと思います。

デザインの初期、企画やプロトタイプ作成の段階から、これらのユーザーと一緒になって考え、「標準的なユーザー」からは得られない多様な視点を取り入れ、デザイナーの思い込みでデザインが進まないようにします。

有名な例では、iPhone初期から実装されていたアクセシビリティ設定があります。このプロジェクトでは、初期の開発段階から、実際に身体的な障害を持つユーザーをディスカッションに加え、結果、障害を持つ人にとって本当に使いやすくカスタマイズできる機能を提供しています。

インクルーシブデザインにおいては、これらのユーザーを、すでに排除された経験・知見をもつ「先輩」として「リードユーザー」と呼びます。

「排除」というのは現在の「標準的なユーザー」にとっても人ごとではなく、ほとんどの人は生きていく中で何かしらの障害を獲得していきます。例えば視力が低下する、足腰が弱る、一般化した技術についていけなくなる、などです。

デザインプロセスにリードユーザーを巻き込めば、「標準的なユーザー」がいつか「利用に障害のあるユーザー」になったとき初めて経験することを、リードユーザーからあらかじめ教えてもらい、デザインに反映することができるというわけです。

一人のために解決しそれを大勢に拡張する、一人からみんなに

インクルーシブデザインは多くの「標準的なユーザー」ではなく、少数の「リードユーザー」に向けて、共にデザインをしていくことを全項で書きましたが、これはデザインが少数への作用に閉じている、ということではありません。

インクルーシブデザインは、得た知見や成果を大勢に拡張していく、つまり「排除されたユーザーに使いやすくデザインされたものは、大勢のユーザーにも利用しやすい」という実例を多く産んでいます。

例えば、

  • Zippoのライター

    • 開発当時はマッチや両手で使うライターが主流だったが、手を失った人でも片手でも火をつけられるようにデザインした

  • ストロー

    • 元は咀嚼に問題があったり、手に障害がある人へのデザインだったが、利便性が認められ一般化した

  • OXOのキッチンツール

    • OXOの創設者の伴侶が関節炎を患ったため、ゴム性のハンドルを使って負担をかけないように設計をした

もちろん、インクルーシブデザインの手法を用いたサービスやプロダクトが、全て一般に利用しやすいものになるとは限りませんし、インクルージョンは不完全で、万能薬でも銀の弾丸でもありません。

ですが、多様な社会における排除を認識した上で、そこで得られる知見を全体に還元するというインクルーシブデザインの考え方・手法は時に有効であると思います。

おわりに

とてもざっくりとインクルージョンとインクルーシブデザインの紹介をしました。

繰り返しになりますが、デザインに携わる人はデザイナーに限らず、いつも誰かを排除する判断をしています。ですが、それを認識し、排除されたユーザーの経験・知見を取り入れることで、よりよいデザインが生まれる可能性があるのではないかと思います。

インクルージョン、インクルーシブデザインに少しでも興味を持たれた方には、この記事を書くにあたって多分に参照したこちらの本がおすすめです。

今回も抽象的な話をしてしまいました…
それではまた!


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