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先生が先生になれない世の中で(10)学校部活動の「地域移行」という名の「民営化」

鈴木大裕(教育研究者・土佐町議会議員)

「中学校に入ったら何の部活に入る?」そんな会話が過去のものとなりつつある。

私が子どもの頃は、中学校に上がれば運動系や文化系の様々な部活があって、誰でも自分が選んだ部活に入れるのが普通だった。その意味で部活動は、分け隔てなく与えられた子どもたちの「権利」だった。ただ大事なのは、その権利を保障してきたのは政府ではなく、教職員だったということだ。

政府は部活動を学校教育のなかに位置づけておきながら教育課程外に置き、それを無理なく賄うための予算と人員を配置してこなかった。部活動は学校がおこなうものであり、やりたい生徒たちもたくさんいる。それをほぼボランティアで、しかも時には専門外の部活動を、時間外労働や休日出勤など、政府も認めるほどの「献身的な勤務」で無理やり成り立たせてきたのは教職員だった。

しかし、いざ教職員の過剰労働が社会問題化すると、教職員に対するこれまでの搾取を放置してきた政府は、教育委員会や学校に対して「業務改善」を命じ(*1)、「部活動ガイドライン」を設けて教育委員会や学校に持続可能性の観点から運動部活動の抜本的な改革を求め(*2)、今度は部活動を「サービス」として民間に売り渡そうとしている(*3)。

ちょうど1年前にも書いた(*4)ように、政府は2023年から段階的に、学校でおこなわれてきた部活動の切り離しを進めていく。学校として部活動を続けたいという希望がないかぎり、今後は地域が主体となって部活動を担っていくというのだ。

経産省の部活動提言

出所:経産省ウェブサイト

「学校部活動の地域移行」と言えば、確かに響きは良い。しかし、いま政府が進めようとしているのは、実際には「部活動の民営化」にすぎない。

経産省の描く「地域スポーツクラブを軸にした新しい社会システム像(*5)」では、今後、スポーツをビジネスとしておこなっている企業が採算の取れる形で部活動を担っていく。そこには学校法人も部活動をやりたい教職員も(兼業規制を緩和して)参画できるが、保護者の費用負担が発生することは文科省も明言している。つまり、これまで無償でおこなわれていた部活動に謝金が必要となるわけで、他の「習い事」と変わりなくなるのだ。「携帯に払うようにスポーツにもお金を払うと頭を切り替える必要」があるとの声まで聞こえてくる(*6)。

政府は、家庭間や自治体間の格差が生じないように配慮が必要であり、政府としても支援をすると言う。しかし、これまで貧困世帯への部費等の十分な支援を怠り、専門の指導者も揃えずに学校間格差を放置してきた政府の言葉はあまりにも軽い。まともな支援をする覚悟があるのなら、部活動の位置づけを明確にすればよいだろう。そのためには、部活専門の指導者を揃えたり、部活を指導する教員の授業時数を削ったり、そこをカバーするための教員を増員しなくてはならないだろう。しかし、そんな予算はかけたくない。それならいっそのこと部活動を学校から切り離して、新たな市場を開拓しよう。ただそれだけのことだ。

だから、これまでの政府の投資責任の放棄を問わずして、問題の本質的な解決はありえない。ビジネスとして成り立たせようとする民間クラブがひしめく市場に委ねたところで、自己責任論に基づく格差の拡大は免れないだろう。

そもそも、スポーツクラブがない小さな町村はどうするのか? 吹奏楽部などを考えれば、地域に音楽家がいない所はどうするのか? 指導者を配置する予算が取れない貧しい自治体はどうするのか? 結局は過疎地からスポーツクラブのある大きな自治体に子育て世代が流出し、地方都市への人口集中と、土佐町のような中山間地域の切り捨てにつながるのではないか?

政府は、「部活動を学校でやる必要があるかどうか?」という議論の枠組みのなかで、私たちに活発な議論を奨励する。しかし本来問うべきは、「スポーツや芸術の機会は子どもたちの『権利』かお金で買う『サービス』か」、そして、もしそれが権利であるならば、「政府は子どもたちの権利を保障する気があるかどうか」ではないだろうか。

部活動という「社会の富」の商品化(*7)がまさに今、進められようとしている。

【*1】2017(平成29)年12月26日、文部科学大臣決定「学校における働き方改革に関する緊急対策
【*2】2018(平成30)年3月、スポーツ庁発表「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン
【*3】2021(令和3)年6月25日、経済産業省発表「地域×スポーツクラブ産業研究会の第1次提言
【*4】鈴木大裕「本格的な『部活格差』の到来を前に」『クレスコ』2021年1月号
【*5】https://www.meti.go.jp/press/2021/06/20210625005/20210625005.html
【*6】為末大「部活が変われば日本が変わる
【*7】詳しくは、斎藤幸平(2020年)『人新世の「資本論」』集英社新書。

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鈴木大裕(すずき・だいゆう)教育研究者/町会議員として、高知県土佐町で教育を通した町おこしに取り組んでいる。16歳で米国に留学。修士号取得後に帰国、公立中で6年半教える。後にフルブライト奨学生としてニューヨークの大学院博士課程へ。著書に『崩壊するアメリカの公教育――日本への警告』(岩波書店)。Twitter:@daiyusuzuki

*この記事は、月刊『クレスコ』2022年2月号からの転載記事です。


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