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【ピリカ文庫】 初夏 【ショートショート】

「なんだか居場所がなくなったみたい」

静まり返った部屋でユナがぽつりと吐いた。
最近、こんなのばっかりだ。
確かに目に見えるように会話も減ったし、一緒にご飯を食べることも少なくなった。
それでもそんなことを言われるようなことをしただろうか。面倒くさいな。

僕は外の空気を吸いたくなり、重い足取りで玄関へと歩いた。

外に出た瞬間、雲の間から照り付ける日差しが僕の体内に入り込んでくる。
川沿いの木々も、ピンクから緑へと色を変えて生い茂っていた。
それらを映して、川はうっすらと緑に染まっている。
太陽の光が、木々の隙間から入り込んでいたこの道も、日陰の通り道へとすっかり変わっていた。

僕がユナと同棲を始めたのも、確かこんな季節だった。

「ねえ、私この道好きかも。夏になったら夏の匂いに包まれるし、涼しいし」
「そうかな?わかんないや」

そんなユナとの何気ない会話を思い出す。
ああ、あれから1年が経ったのか。

季節は、この道は、常に姿を変えて、僕たちを飽きさせないでいてくれる。
そして、また同じようにまた戻ってくる。
きっとユナは、当たり前に過ぎていく、代わり映えのないありきたりな日常に恐れていたのかもしれない。

夏の始まりが、「ただいま」と言っているような気がした。

日陰の道を通り過ぎると、真っ青に澄んだ空から太陽の光が一直線に僕だけに向かってきた。
「おかえり」の言葉をせかしてきているかのように永遠と照らしてくる。
熱い。眩しい。肌が焦がされていく。

「おかえり」
そう小さく吐いてみると、ゆっくりと少しずつ太陽が真っ白な雲に隠れていった。

家に帰ろう。

1年前のあの頃、二人で手を繋いで歩いて帰ってたな。
そんなことを思い出させてくれた、歩き慣れた道を辿り、僕はユナの大好きな新発売のアイスを片手に、ゆっくりと重たいドアを開けた。
その瞬間、涼しい風と僕たちの居場所の匂いが一気に僕の体内へと入り込んできた。

「ただいま」
「・・・おかえり」

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