僕らと命のプレリュード 第15話
ノエルと出会ってから数日後、聖夜は訓練施設で翔太と共にVRの高次元生物と戦っていた。
「『竜巻』!!」
翔太が右腕を振り下ろすと、激しい竜巻が巻き起こった。
施設内いっぱいに吹き荒れる竜巻は、高次元生物を巻き込む。しかし、厄介なことに、今回相対している敵の体は鋼鉄でできていた。そのため、どれほど強い竜巻でも、相手を吹き飛ばすことはおろか、ダメージを与えることすらできない。
そうしているうちに、高次元生物は、ゆっくりと2人に向かって接近してくる。
「チッ……どうすれば……」
翔太が、アビリティを発動させながら苦しそうな声を出す。
アビリティは、体内に巡っているエネルギーを放出したものだ。そのエネルギーは、血液が運ぶ酸素にも近い。そのため、アビリティを使用すればするほど、身体に負担がかかるのだ。
激しい竜巻を発動させている翔太の負担も、相当なものだった。
そんな翔太の傍らで、聖夜は真っ直ぐに敵を見据えていた。
『加速』で竜巻を突破して、物理的にダメージを与えるしかない……今までの彼なら、そう考えていただろう。
しかし、今の聖夜は違った。
「翔太、もう少し竜巻を保ってくれないか。……一瞬でも、長く」
「聖夜……?」
「大丈夫。俺に任せて」
聖夜の落ち着いた声を聞き、翔太は迷わず頷きを返す。
翔太の、長年の戦いで得ていた勘が、聖夜を信じるべきだと告げていたのだ。
聖夜はそれを確認し、荒れる竜巻に手を伸ばす。
指先が、一瞬、風の塊に触れた。
「『加速』……!」
聖夜が言い放った、次の瞬間。
竜巻が、青い光を帯びて勢いを増した。
それと同時に、高次元生物の身体が宙に放り出されたのだ。
翔太が竜巻の発動を止める。それを分かっていたかのように、聖夜は高次元生物に向かって走り出していた。
「翔太!上昇気流!!」
「分かってる!『突風』!!」
翔太の強風に乗りながら、聖夜は大きくとび跳ねた。
落下を始める高次元生物の上に躍り出た聖夜は、自らの足に『加速』をかける。
「堕ちろ!!」
加速で勢いを増したかかと落としが、高次元生物を床に叩きつけた。
激しい音と共に、高次元生物の身体が砕ける。
翔太の風で柔らかに着地した聖夜は、敵に打ち勝ったことに安堵の溜息をついた。
「高次元生物の反応の消滅を確認しました。訓練を終了します」
音声と共に、訓練システムが終了し、高次元生物が消える。
「聖夜!」
駆け寄ってくる翔太に、聖夜は明るく笑った。
「訓練、いい感じだったな!」
「あ、ああ……お前、いつのまにそんな戦い方を覚えたんだ?」
「え?あー、この前、ノエルって男の子に会ってさ、一緒に戦ったんだけど……その時に、彼が教えてくれたんだ」
「ノエル……?どんなヤツなんだ?」
翔太に尋ねられ、聖夜は顎に手を当てて彼のことを思い返す。
美しい金髪と、端正な顔立ちに光る野葡萄色の瞳はまるで人形のよう。外国人だろうか。少なくとも日本人では無さそうだが。
そして、何か果たすべき使命があるとも言っていた。
彼の使命とは何なのか、聖夜には見当もつかない。
考えれば考えるほど彼は謎に包まれている。
しかし、聖夜のことを助けてくれたというのは、紛れもない事実だ。
「綺麗で強い人だったな。戦いでは『闇』の力を使ってて……、俺もよく知らないんだけど、悪い人じゃないと思う」
「悪人じゃないって、なんで言い切れるんだ?」
「え?」
翔太の思いの外に厳しい声を聞き、聖夜は目を丸くする。
「だって……俺のことも、周りの人のことも助けてくれたし、何より、高次元生物と戦ってたんだぞ。俺達と敵は同じじゃないのかな?」
「演技かもしれないだろ」
「な、何でそんなに疑うんだ?」
聖夜が戸惑いがちに尋ねると、翔太は睫毛の長い目を伏せた。
「……お前は、そいつのことを信じたいのかもしれないが、俺はそう思い切れない」
翔太はそこまで言うと、聖夜のことを真っ直ぐ見る。
「冷静に考えてみろ。高次元生物を相手にできるほど強い一般人なんている訳がない。それに、そいつには戦いの心得もあるんだろ?現在、世界のどこを探しても、特殊戦闘部隊と警察アビリティ課や、それに準ずる組織以外に、アビリティによる戦闘を訓練する組織はないはずだ。そのノエルってやつ……明らかに怪しい」
翔太の真剣な眼差しが、聖夜の瞳を射抜く。
「俺は、お前や他の仲間が、悪意のある誰かによって傷付けられるなんてごめんだ。だから……そいつに利用されないように、気をつけろよ」
翔太はそう言い切ると、スタスタと訓練施設の出口に向かって歩いて行ってしまった。
その背中を見ながら、聖夜はその場に立ち尽くす。
(……たしかに、ノエルのことは、俺もよく分からない。でも……俺のことを助けてくれた彼のことを、信じたいんだよな。でも……翔太の言ってることも、正しい)
聖夜は少し俯いて、小さく口を開いた。
「やっぱり、俺って甘いのかな……」
自分の考えの甘さ、未熟さ、それに対する情けなさが胸に込み上げてくる。
(そういえば、初任務の時も、裏山での戦いの時も……翔太に叱られてたな。俺が未熟だったから……)
自責の念に駆られる聖夜を現実に引き戻したのは、翔太の声だった。
「聖夜」
「あっ、ど、どうかした……?」
「これから燕のところに行くんだが、お前も来ないか?」
慌てて顔を上げた聖夜に対して、翔太は少し穏やかな声色で尋ねてきたのだ。
「え、いいの……?」
先程のことで、翔太の気分を害してしまったのではないかと思っていたため、翔太について行くのを遠慮した方がいいような気がした聖夜は、恐る恐る彼に尋ねた。
すると翔太は、切れ長な目を細めて聖夜に微笑んだのだ。
「いいに決まってるだろ。燕も喜ぶし、それに……」
翔太は、聖夜から少し目を逸らしながら、
「少し、気分転換した方がいいと思う。……お前のためにも」
と、小さく呟いた。
訓練施設に反響した、その思いやりに、聖夜は思わず笑みをこぼした。
「……ありがとな。じゃあ、俺も行く!」
「あ、ああ。じゃあ、着替えたら玄関に集合な。モタモタするなよ」
「分かったよ。急いで準備してくるから!」
聖夜は翔太に走り寄り、彼に並んで訓練施設を出た。
(……そういえば、翔太って、叱った後も必ず俺のこと助けてくれたよな)
聖夜は、翔太の不器用なりな優しさを再確認し、頬を緩ませながら、翔太の隣を歩いた。
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