僕らと命のプレリュード 第16話
聖夜は、道中で買った花を持った翔太と共に燕の病室を訪れた。
翔太が声を掛けてドアを開けると、そこには、いつものようにベッドの上で窓の外を眺めている燕がいた。
「燕、元気にしてたか?」
「あ、お兄さんと……聖夜さん」
燕は聖夜の顔を見るなり、少し目を細めて微笑む。
「こんにちは、2人とも」
「燕ちゃん、こんにちは!」
翔太は、明るく笑いながら挨拶をする聖夜と、燕を交互に見て、困り眉で笑った。
燕の中で、明らかに聖夜は特別だ。本人に自覚があるか分からないが、妹の淡い気持ちが、ほんの少し寂しかった。
そんな気持ちを誤魔化すように、翔太は花瓶の元へと歩いて行く。
「花、変えてくる。聖夜、燕のこと、頼んでいいか?」
「うん、分かった!」
聖夜は元気に頷いて、燕の傍に座って話し始めた。
「あのさ、燕ちゃんに見て欲しいものがあるんだけど」
「見て欲しいもの……?」
「うん。これ!」
聖夜はポケットからカードを何枚か取り出し、燕に手渡した。
そのカードには、ピンク色のウサギや、緑色のポメラニアンの可愛いイラストが描かれている。
ただ、ウサギの顔はキョロっとした目が少しばかり可笑しかった。
「ふふっ、面白い顔」
燕はクスリと笑って、カードのウサギの頭を撫でた。
「この子、なんて名前なんですか?」
「ぴょん助君って言うんだ。天ヶ原町の遊園地のマスコットキャラクターでさ、そのカードも、遊園地が配ってるんだよ」
「そうなんですか。遊園地……」
燕は、遊園地と呟いたっきり口を閉ざしてしまう。
「燕ちゃん、どうかした?」
不思議に思った聖夜が尋ねると、燕は寂しそうな笑顔で彼を見た。
「遊園地って、どんな所なのかなって。行ったことないし……覚えて、ないし」
燕はそう言うと、もう一度ぴょん助君の頭を撫でた。
「……私には、縁がない場所なんだろうな」
そう切なそうに呟く燕の頭を、聖夜はポンポンと撫でる。
「聖夜さん?」
「元気になったらさ、きっと、翔太が連れて行ってくれるよ。俺が頼んでおくから!」
「お兄さんが?」
「うん。俺が連れて行ってやれればいいかもしれないけど、それだと翔太が心配するから」
「心配……何でですか?」
「可愛い妹がさ、家族以外の男子と出掛けてたら、ちょっとヤキモキしちゃわない?少なくとも、俺はそうだよ」
聖夜の言葉に、燕は目を丸くする。
「可愛い、妹……、お兄さんは、そう思ってくれてるんでしょうか」
「当然!翔太、いつも厳しい顔してるのに、燕ちゃんの話をする時は優しい顔してるんだ。燕ちゃんが大好きだから」
「そうなんですか……」
燕は胸に手を当て、黙り込む。
(今まで、お兄さんには好かれてないって思ってた。だって、お兄さんは私の生活を保証するために命を危険に晒さないといけなくて……)
そこまで考えて、ふと気づく。
「お兄さんは、私のために戦ってくれるぐらい、私のことを大事にしてくれてる……そうなんですか?」
燕に尋ねられ、聖夜は明るい顔で頷いた。
「そっか、そうなんですね……」
燕の頬が染まる。胸が暖かくて、微笑まずにはいられなかった。
その穏やかな微笑みを、ちょうど花を入れ替えた翔太は目撃し、言葉を失う。
燕が記憶を失ってから見せた表情の中で、一番幸せそうな笑顔だったからだ。
「あ……お兄さん」
翔太に気が付いた燕は、彼に向かって明るく笑った。
「ありがとうございます」
「な、何のことだ……?」
自分は特に礼を言われることはしていない。そう思って戸惑う翔太に対して、燕は穏やかに微笑む。
それを見ていた聖夜もまた、自然と笑顔になっていた。
「……2人で、何の話してたんだ」
「ん?翔太が燕ちゃんのことが大好きだって話してた!」
聖夜の言葉を聞き、翔太の顔が真っ赤になる。
「なっ……!?」
「お兄さん、いつもありがとうございます」
「うっ、燕……」
照れ臭さと、妹に優しい言葉を掛けられて嬉しい気持ちが混ざり合い、翔太の口元が緩む。
聖夜と話す燕は楽しそうだ。でも、聖夜と同じくらい、自分も燕にとって大事な人になれたのかもしれない。そう思い、翔太は笑みを零した。
「……ああ。燕は、大事な妹だからな」
開いた窓から、春風が吹き抜ける。柔らかい風が、燕の長い髪を優しく揺らすのを、翔太は幸せそうに眺めていた。
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