死んだ腰が、エルサレムで復活する話。
数日前に、腰が死んだ。
腰が死ぬと、人間どうなると思いますか?
強制的に、能の基本姿勢で過ごし続けることになります。
こんなに伝統芸能を身近に感じたことは、今までになかったかもしれない。
ピシィッ!!っと背筋が伸びていて、気持ちもなんだか引き締まる。
ものを拾うのに8秒。
息を止め、数秒かけてゆっくり腰を落とし、またゆっくり基本姿勢に戻る。
ゴミを捨てるのに19秒。
ステップを3つに分け、各ステップを忠実に実行していく。
わー、丁寧。
やってられっかーーーーーー!!!
もっとこう、ガサっと! 雑に生きたいのよ!
能はさ、痛みを伴いながらの体現スタイルじゃなくて、観劇として心から楽しみたいよ!
上半身固定で日常生活送るの、無理なんよ!!
(※能のプロの方たちがこのように日常を送っているというデータはございません)
靴下はくときなんて、もう、心臓ドッドッドッドッドッドッドって、超高速でビート刻んじゃってっから。痛み出るのが怖すぎて。
(前屈姿勢痛い、片足ずつで体のバランス崩れるの怖い)
足!遠すぎる!!
自分の足なんて一度も「長い」と思ったことないけど、今回ばかりは長すぎる。
もう下半身30cmくらいでいいから、腰を曲げずにもっと楽に靴下はきたいよ……!
呼吸にあわせてズキっと痛むもんだから、無意識に息も止めてしまう。
寝返りなんて、一生できない。
痛みを最小限にすることと、体を動かすことが同時に処理できず、脳みそがパニックを起こしているのだ。
全身の筋肉がガチっと固まったまま眠れない夜を2日過ごして、あ……これ無理なやつだって、気がついた。
死んだ腰を、復活させねば——
もっと有意義で実りある8秒と19秒の過ごし方したい。
もの拾うなら腰を曲げてササっと拾いたいし、捨てるときも、痛み回避のことなんかか考えずに思考ゼロで体に動いてほしい。
もう、痛み止めでしのぐ日々はいやだ。
生き返らせるのだ。
死んだ腰を!
ガッチガチではない、しなやかな筋肉を!!
そして再び取り戻そう。
眠れる夜を!!!
さて、どうしたものか。
復活という課題を解決するために、まずは手段を考えたい。
はぁ……脳みそやられちゃってんな、痛みに。
「ドラゴンボールがあれば一発解決じゃん」っていう思考に引っ張られて抜け出せない。
あと、キリストって手段なの?
もっとこう、建設的に、現実的に、きちんと痛みの原因を知り、復活までのプランを組む必要がある。
あれ……?
でも、キリスト復活のエルサレムは、現実にあるじゃん……!
そう、復活といえばエルサレムである。
エルサレムにいけば、きっと腰も復活する。
そうと決まれば、即実行だ。
行こう! エルサレムに!
こうして私は腰復活の救世主を求め、隣町の整形外科へと向かった。
===
隣町の整形外科は、おじいちゃん先生だが名医のようで、Googleマップで見る限り近隣で圧倒的な高評価を受けていた。
口コミは、復活者たちの感謝と希望で溢れている。
町医者で星5連発って、なかなか見ないぞ。
自転車で10分。
電動の恩恵を受けて、こぐ力こそ最小限で進めているが、ちょっとした振動が腰に響くたび、顔が痛みで歪む。
「大塚さ〜ん」
無事整形外科に辿り着き、待合室で座っていると、名前を呼ばれた。
「よろしくお願いします!」
「はい大塚さんね。腰に痛みがある、と。」
診察室で待ち受けていたのは、想像したよりもずっとおじいちゃんな、おじいちゃん先生だった。
色素が薄いのか、おじいちゃん先生の瞳は驚くほど澄んでいて、雰囲気全体に知性と穏やかさが滲み出ている。
こんな表情ができる歳の重ね方をしたいものだ。
よし。
彼に腰を復活してもらえるか確認してみよう。まずは現状を正しく言語化して伝え、コミュニケーションを取るところからはじm
「h邪;庵gjrぁういkhせんrじ5ゃジウlkh」
え……?
やべ、言語化の方に意識を持っていかれすぎて、先生がなんて言ったか聞き取れなかった!
コミュニケーションを前提とした問診において、なんたる失態……!
答えかねている私を見て、横にいた看護師さんが「立ち仕事ですか?体動かしたりするようなお仕事?」とフォローを入れる。
「あ……いいえ! 基本的には座りっぱなしです。」
フォローに感謝しながら答える。
「んん。なるほどね。痛みは歩;いうlyかbj瀬ふいjlrcmシウですか?」
ちょちょちょちょ!!ちょっと待って!!
やっぱり発話が聞き取れない!!
おじいちゃん先生がおじいちゃんすぎるゆえ、所々内容の聞き取りが困難なのである。
再度フォローを期待して、さりげなく看護婦さんの方に目線を向けてみる。
「今までにも痛みを感じることはあった?」と看護師さん。
ナイスフォロー!
「あ……あぁ、たまにピリッとするようなことはありましたけど、そのうち忘れるような痛みで、病院にかかるほどではなくて……」
「んん……なるほど、痛みを感じることはあったのね。若い人だとねぇ、この背骨の4番目とか5番目おbl8イア47gvw」
ああぁぁぁぁぁ涙
「腰を曲げたいぅハイk手hできる?」
……おそらく、どんな動きに制限があるか、どういうときに痛いか確認してるんだよね?
チラッ
「腰曲げるときに痛い? 他に痺れのようなものがあったり、別の場所が痛かったりする?」
目線に応じて、看護師さんが適宜フォローを入れる。
おそらく彼女は、こうして先生と二人三脚で患者とコミュニケーションを取ることに慣れているのだろう。
勤続年数も長いのだろうか、先生の言わんとすることを過不足なく伝えてくれているという、確かな安心感があった。
ええやん……このフォーメーション。
美しい。
無駄がない。
病院といえば、先生と私の二者間でスムーズに事を進めるのが常だった。同じ空間で、看護師さんが一言も発さないケースも多い。
特に今まで気にしたことはなかったけれど、場の全員でコミュニケーションが取れると、一体感が増し、心理的安全性も高まる気がする。
数分間のうちに、おじいちゃん先生と看護師さん、私の三者間で、完全なる協力体制が築かれていた。
このチームでなら、腰の復活が望めるかもしれない……!
チームの基本戦略フローにのっとり、ベッドに横たわるよう指示される。
(この、横になったり起き上がったりするのが、イッテェのよ……。)
先生にかなづちのようなものであちこち叩かれると、足がヒョコヒョコ反応して動く。
足を曲げたり伸ばしたりして、痛みの有無を確認される。
「これ痛いですか?」
今度はクリアに聞き取れた。
「い……たくないです……!」
「んん、ヘルニアの人はね、これ痛くて耐えられないの。」
なるほど、どうやらこの痛みの元凶はヘルニアではないらしい。
「よし、じゃぁ今度はレントゲgkジョイ和え8んgh7」
チラッ。
「はい、いいですよ。じゃゆっくり起き上がって、横のレントゲン室に移動してくださいね」
無駄のないパス回し。
もはや発話を聞き取れないことへの焦りも消えていた。
レントゲン室で写真を数枚撮影し、再び診察室に呼ばれる。
おじいちゃん先生がいうには、椎間板の機能が低下し、炎症があるとのことだった。
骨の間の弾力性がなくなって、狭くなってるらしい。
椎間板、お前だったのか、腰を殺した犯人は……!
そもそも椎間板って、私の中にもいたんだ。
いつからいたんだろう。顔合わせとかしたっけ?
ヘルニアの関係で耳にしたことはある単語だったけれど、「板?人間って、腰に板入ってんの……?」 程度の認識だった。
ごめん。辛かったよな、今まで。
存在すら認知されないままで、ずっと私を支えてくれた、健気な椎間板……。
痛みがあっても、同じ姿勢を取り続けずに、適度に動く方がいいらしい。
先生から腰痛体操というものも薦められた。
PC作業に集中すると、何時間もそのままの姿勢で座り続けてしまう。
ずっと、まずいなぁと認知はしていた。
一向に痛くならない腰に甘え続けてしまったのだ。
スタンディングデスクを検討した際、腰がダメになるイメージがまったくわかず見送ったが、やっぱりアリだったかもなぁ……。
より早く復活させるために、20分程度のリハビリに週2〜3回通うことも勧められた。
週2〜3回も?!
徒歩圏内ならまだしも、自転車10分で週2〜3回か……。
リハビリ時間も含めると、40分。会計等含めて1時間弱。うーーーん……。
正直、薬があれば痛みはしのげる。
薬を早くやめられるのは魅力的な提案だが、負担といえば負担だ。
私は頭の中で、病院の場所とスケジュールを並べて考えた。
在宅勤務の日、朝イチ駆け込めば仕事はどうにかなる。
問題は、病院の場所だった。
駅のすぐ近くで、駅前にあるミスドが懸念だ。
都内であまり見かけないミスド。
大人になって、数々の胸ときめくドーナツに出会ってきたけれど、ノスタルジーみ溢れるミスドには、いつまで経っても後ろ髪を引かれてしまう。
しかしやつら、カロリー爆弾なのだ。
可愛い見た目なくせして、中身は悪魔なのだ。
くそ……
週に2〜3回ということは、帰りにミスドに寄って2種類買ったとして、1週間で6種類……
好みの種類を考慮すると……
すぐに制覇できるな……けしからん……
とりあえずその日試しに受けてみたリハビリがとてもよかったので、無理のない範囲で通ってみることに決めた。
こうして私は、無事復活の兆しを見せた腰とともに、病院をあとにした。
===
処方された薬も、湿布も、とてもよく効いている。
薬があれば、日常生活もスムーズだ。
特に湿布すごいよ。これ。ロキソプロフェン。
ロキソニンの親戚とか、腹違い的なやつなんかな。
もう、貼った瞬間「ブワァぁぁぁぁあああああああ〜〜〜〜」って有効成分的ななにかが背中に満ちていくのがわかる。
ただの肌色のペラッペラのやつよ?
これがもう、効くのなんの。
この地味な見た目の湿布と飲み薬のおかげで、夜眠れるようになって、大変ありがたい。
ロキソニンと、その周辺のロキソなんとか系への信頼感がすごい。大好き。
今、ロキソ一族と夫が川で溺れていたら、ロキソ一族を助けるかもしれない。ごめん夫。
救世主(おじいちゃん先生とロキソニン)に出会ったことで、痛みもだいぶ落ち着いた。腰復活の日も近い。
おかげですっかり雑な生活に戻ってしまった。
落としたものは足の指でチョイっと拾うし、靴下に対する極度の緊張もすっかりとけた。
寝返りは、まだ痛くてできない。
その後、リハビリは2回だけ行った。
座りっぱなしは避け、1時間に1回は、体を少しでも動かすようにしている。
そして、ミスドはやっぱり、オールドファッションが好き。
皆さまも、腰はお大事にしてくださいね。
もし死んでしまったら、お近くの整形外科まで。
すべての腰に、愛と祝福と、神のご加護があらんことを。
アーメン。
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