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フニャリン

これまで企画開発したソフトのうち、唯一採用されたソフトは、設定上の火星人を魅了する美少女の登場する体験型ゲーム『フニャリン』だった。これだけは企画部長が太鼓判を押してくれて、実際ブームになってしまった。確かに販売実績ではミリオンセラーだった。

ところが、ある日企画会議に呼び出されて、こう言われた。「おかしなことになっているんだ。君の開発したソフトなんだが、爆発的な販売数はフェイクじゃないのかという週刊誌スクープの予告が出たんだ」

僕もソフト販売サイトのチャット欄やコメント欄を眺めていて、引っ掛かることがあった。「このゲームをしている友達を、ひとりも見たことがありません。本当に火星の人口の二人に一人が遊んでいるのですか?」という疑問の書き込みが多かった。

今どきのソフト販売はオンラインだけでやりとりされる。企画部長はさっそくオンライン販売記録を調査した。

もちろん、クレジットでの支払いが正式になされた取り引きばかりだった。どこにも不正らしき形跡はなかった。だが、気になる点が一つだけあった。氏名が不自然な文字の羅列ばかりだった。

離れたコミューンの住人でもなかった。OSの不具合で文字化けしているだけなのだろうという推測で落ち着いた。とりあえず人数的には販売数と一致していたので、週刊誌のスクープはひとまず沈静化した。

*

ある夏の猛暑の日、突然の来訪を知らせるベルが鳴った。ドアを開けると、3人の火星人が玄関に立っていた。

火星人が存在すること自体、この目で見たことのなかった僕は、そのスキューバダイビング姿の火星人たちを前に、びっくりした。でも、悪意はなさそうだったので、僕は彼らを部屋に通した。

「火星は暑いですね、相変わらず」と赤い服の火星人が言った。

「この部屋は快適ですね。さすが金属を駆使した技術はすばらしい」と青い服の火星人が頷いた。

「あなたの作ったゲームの噂は、チョー知ってます。フニャリンの人気は上がりっぱなしです」と黄色い服の火星人がホールドアップの姿勢をとった。

彼らはどうやら、僕の開発したゲームに関心を持ってやって来たらしい。

「火星人にとってフニャリンは最高のアイドルでした。空想の産物だとはいえ、あれほど火星中の人の心をつかむ存在はかつてありませんでした」と赤い服の火星人が話題をヒートアップさせてきた。時制の使い方が不自然だなという印象は、彼らの言語力の限界だと思った。

どうやら火星人の間で大流行していただけで、人間にとっては棒にも箸にもかからないクソゲーだったということらしい。

僕は唖然としていた妻に、冷蔵庫の中のトマトジュースを出すように指示した。火星人が好む飲み物だと、ニュースで聞いたことがあったからだ。

「チョー美味しいですな」と3人とも頷き合っていた。

「そこでさっそく、ご相談なのですが」と赤い服の火星人が口を切った。

*

「フニャリンの芸能界デビューのことです」と青い服の火星人が前に乗り出してきた。さすがに赤い服の火星人は出番を取られて不機嫌そうな顔になった。

「いくら精巧なホログラフィーといっても、仮想世界は仮想世界。そこで」と今度は黄色い服の火星人が乗り出した。

「フニャリンを実体化させたものを歌わせるのです」最後の大トリを赤い服の火星人が締め括った。

フニャリンは火星人とは似ても似つかない姿をした、未来ナマコ型美少女だった。ダメキャラで、シニカルで、でも憎めないツンデレという設定だった。

「それはいくらなんでも無理がある」と僕は難色を示した。アニメの実写版で大コケをした例をたくさん見てきたし、それ以上にフニャリンには実写は不向きだった。

*

火星人たちは無言で僕をじっと見つめだした。きっと言いたいことがあるに違いない。

「どうかされましたか?」

「それが、とても言いにくいのですが」と誰ともなくぼそぼそ呟いて、また黙ってしまった。本当に言いにくくて困っているのかもしれないと思い当たった。

「ははは」と僕は勝手な想像をして笑った。「実写化したフニャリンをもう準備済みだとか言わないでしょうね」

しばらく間があってから、「その通りです」と黄色い服の火星人が最も言いにくいことを伝えた。

「この通りです」と手に持っていたディスプレイで映像を見せられた。

「あああ・・・」と僕はそのフニャリンに衝撃を受けた。完璧なまでに再現されていた。

*

映像の中では、すでに次のストーリーまで準備されていた。フニャリンは火星人世界の大統領に選出されて、太陽系統一を間近にして暗殺されてしまう。悲劇だけれど、次の新たな幕開けを予感させる展開だった。

「よくできたドラマだな」と僕は率直な感想を述べた。

火星人たちはまた無言で僕をじっと見つめだした。まだ言い足りないことがあるらしい。

「どうかされましたか?」

赤い服の火星人が青い服の火星人を肘で小突き、青い服の火星人が黄色い服の火星人を小突いた。

「それが・・・」と黄色い服の火星人が観念して言った。「これはノンフィクションなのです」

*

僕の頭の中で、フィクションとノンフィクションという用語がどっちがどっちだったか、わからなくなった。そのうち、ドラマの最後にクレジットとして入る「このドラマはフィクションです」のテロップを思い出して、事態の深刻さを知った。

「ははは」と今度は現実逃避的な響きの笑いを零してから言った。「フニャリン大統領は実在した上に、銃弾の犠牲に倒れたとか言わないでしょうね」

「その通りです」と赤い服の火星人が神妙な面持ちで答えた。「つきましては、現在流通しているゲームソフトを、生産中止にしていただきたいのです。すでに故人となった方でもありますので」

「あああ・・・」

*

来客から相談のあった件を、僕は聞かなかったことにした。ゲーム会社にも一切話さなかった。そもそも火星人の存在自体、誰も信じてくれないだろう。僕もあの火星人訪問を、内心では夢だと信じたがっていた。

ところが、会社のほうから「どうにもならない事情が生じて、君の企画したゲームが緊急配信停止となった」とだけ伝えられた。おそらく、あの火星人たちが痺れを切らして、会社にリークしたに違いない。

火星人たちが熱中した主人公がいつの間にか伝説的な死を遂げたことについて、僕にはもちろん責任はない。

でも、僕が愛してやまなかったキャラクターだったのが、フニャリンだった。

僕の空想の産物が火星人社会に落とした光と影について、考えるだけでも気の毒すぎた。

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