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アキレス最後の戦い(III)~旅

「ペンテシレイア」が乗ってきたのは、空を舞うセスナ機ではなかった。地上を堂々と這うといったほうがお似合いだろう。映画でしか見たことのない、ハーレーダビッドソンだった。プロペラ機はこの戦いでは目立って仕方ない。当然といえば当然の選択だった。

「亀」はタンデムがまんざらでもないようで、痩せていることもあって、そのポジションにすっかり馴染んでいた。時々「ペンテシレイア」にちょっかいを出すので、そのたびに思いきりしばかれたり蹴られたりしていた。

「これ中古の輸入の中古の中古なの。ほとんど廃車同然だったのを、この亀ジーサンが生き返らせたの」

「こう見えても、わしは自動車やバイク修理を営んでおったでな。まさか火星まで来て、ハーレーを拝めるとは思いもせんかった。いっぺんバラバラにばらして、リーコンストラクションしておるから、燃費が倍も良くなっておる。まさに火星仕様ぢゃ」

この二人の接点は仮想世界ではなく、バイクからだという。確かにハンドル名で持っているアイテムは、不思議なほど共通点がない。

*

ジムニーを走らせると、火星のサイズが少し小さく見える。一方で、営業用のタクシーから見る景色だと、火星のサイズは変わらない。これが僕の「奇妙な感覚」だった。「奇妙な感覚」は誰にでもひとつ備わっている。眠るとミクロの世界が見えだす人や、古い石の声が聞こえる人などもいる。

火星のサイズが変わって見えると、困るのはスピード感覚だった。ついスピード超過を疑ってしまって、速度が余り出せない。だから、「ペンテシレイア」のハーレーダビッドソンに先導されるのが、一番走りやすかった。

ハイウェイに入って砂漠を突っ切るうち、そろそろ次のジャンクションが見えるはずだった。だが、ジャンクションの分岐は閉鎖されていて、真っ直ぐ突き進む進路だけになっていた。

「右方向に廃墟が広がっているわ」と彼女が無線を飛ばした。ひどい有り様だった。

「放電が激しくて頭が痛いわい」と「亀」の無線も飛んできた。

ジャンクションの周辺は、壊滅的な被害を被っていた。その先のサービスエリアは無事で、今のうちに満タンに給油することにした。

*

「あんたは死ぬのよ、アキレス」と「ペンテシレイア」が声を押し殺して僕に言った。サービスエリアのコーヒーを、僕たちはおかわりした。「あたしも、もうじき死ぬ。死ぬことが分かっていても、どうしても飛んでくる矢を避けることができない。あんたもそう。それが予言の悲しいところ」

僕はそうだろうと高を括っていた。けれど、改めて死の現実を突きつけられると、やはりショックだった。少なくとも、それがいつで、どんな死にざまかなんて聞きたくもなかった。めずらしく彼女のコップを持つ手が、小刻みに震えていた。

「亀ジーサンだけが、この三人のうちで生き残るの。笑っちゃうよね」

「亀」を視線で探すと、酔っぱらって腹を出してベンチで爆睡していた。頭痛をアルコールで誤魔化したかったのだろう。仕方ない。しばらく、ジムニーに乗せるしかなさそうだ。

僕たちは黙って耳を澄ました。遠くの砂地を歩く火星人たちの足音が、止むことなく続いていた。こんなに晴れて空気も澄んでいるのに、その姿かたちは一切見えなかった。三度の音程をもつ信号が、時おり混じって聞こえては消えた。その信号が果たす役割が何であるかはわからない。

「僕たちの死のことを、亀ジーサンは知ってるの?」

「知ってる。ずっと前から知っている。あんたと合流する以前から」

その告白に対して、僕はあまりいい気がしなかった。悪気はなくても非情な存在にみえた。きっと、天使も悪魔も妖精さえも、超自然的なものはみんなそういう印象を与えてしまうに違いない。

(to be continued.)


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