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火星人現る

とんでもないことの書かれた新聞を、僕たちはキオスクで目にして真っ青になった。ちょっとやそっとのことでは動揺しない教育を受けてきたけれど、今回ばかりは平静を保っていられなかった。

火星人現る

その見出しを僕たちは、なにかの間違いだと信じたがった。だから、激しく混乱したのだ。一面に掲載された写真に、僕たちは絶句した。

仮の姿に変身する前の、正真正銘の我ら火星人が写っていた。

おまけに驚いたのは、それが僕たちの生き別れた母親だったことだ。母さんはたい焼きが大好物で、書置きと一緒に山盛りの白あんのたい焼きを残して去っていった。僕たちが白あんのたい焼きが好きだと言うと、いつも「邪道だね」と笑っていたっけ。母さんは黒あん派だった。そして、踊りの好きな母さんだった。

*

僕たちはこっそり新聞を購入した。キオスクの店員は不審がる様子もなかった。僕たちが普段さっぱり読まない新聞というものを、読み方がまったく見当つかないので、取り急ぎ四つに折り畳んで鞄に詰め込んだ。真似ようとすると、手足がこんがらがるんだよね

しかたなく、僕たちの寝起きする古びたアパートに、床一杯に敷き詰めて読むことにした。

僕たちは母さんの写真にボロボロ涙を流した。そして、写真を撮られてしまった母さんの顛末を知りたいと、いつ読んでも読み慣れない活字を読みはじめた。

火星人現る

「昨夜、新アメリカ街道で催されたカーニバルが、最高潮に達した。盛大な音楽ときらびやかな山車に、たくさんのダンサーが酔い痴れた。そんな中、突然観客席でどよめきが起こった。当初は変わった衣装で踊っていると思われた女性が、明らかに人間とは異なる容姿に人々は気づいた。それは写真にある通り、これまで人工頭脳から想定されていた火星人の姿と一致している。火星人と思われる者は、周囲の騒動に気づくと、踊りを辞めて宙に姿を消したという。その後、警察と軍隊が出動して、一帯に緊急事態宣言が出された。」

母さんらしいや、と僕たちは涙した。

*

緊急事態宣言は一夜で解除されていた。さっそく僕たちはその現場に行ってみることにした。すっかり宴の終わった広場には、破れたチラシだとか、紙コップだとか、色とりどりの紙吹雪だとか、散らかり放題だった。屋台や看板が乱雑に放置されているのは、昨日の母さんの出現後の混乱を物語っていた。

たった一人の火星人のために、軍隊まで動員されるなんて、どうかしている、と僕たちは思った。ずっと昔から、僕たちはここに住んでいたのに。

この辺りだね、と僕たちは写真の背景の建物を目当てに、母さんの居たと思われる場所を特定した。

きっと故郷が懐かしかったのだろう。L次元からP次元に、P次元からK次元にどんどん追い詰められていった僕たちは、居場所を転々とし過ぎたために、多くのホームシック患者が出ていたから。

いったい、どこに母さんは逃げて行ったんだろう?

*

きっと、あの場所だね、と僕たちはあたりをつけた。それはこの通りをまっすぐ行った突き当りに建つ、一軒の駄菓子屋だった。

近づくと聞こえてくるのは、懐かしい歌だった。「カナリヤの飛ぶ、けんもほろろに」これは母さんの勝手に作った歌だった。

あの歌、やめさせなきゃ、と僕たちは道を急いだ。だって、カナリヤの歌は移住者に対する呪詛の歌で、大きな効果はないけれど、コバエを差し向ける程度の呪いはあったから。

駄菓子屋の中には、一人の可憐な少女がいた。彼女こそが「カナリヤ」の歌をうたう、あの母さんらしい。ひとまわりもふたまわりも歳を誤魔化した仮の姿に、僕たちは怒る気も失ってしまった。

借金してでもこの店を買い取って、イメージ通りの店員になりすまして、移住者たちの暮らす世界で故郷を満喫したかったのだろう。

「たい焼き、3匹ください。どの味がお勧めですか?黒あんとか、クリームとか、白あんとか?」

駄菓子屋の少女は「はいよ」と言ったまま、不思議そうに店先に来た僕たちを見ていた。もちろん、ここは駄菓子屋で、たい焼きなんて売っていない。いったん少女は口ごもってから、周囲に誰もいないことを確かめてからこう言った。

「たい焼きはね、昔から、黒あんが一番美味しいんだよ」

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