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ハードボイルド・キャンディ・タウン -3

やばいなあって思ったんだよ。

世の中には触れちゃいけない事柄ってのが必ずあって、そいつはどんなに当たり前の顔をしてそこにあったとしても、仮面を剥がしちゃいけないんだ。

それなのにサラ、理論物理学でいくつも賞を獲得している共同研究者が、俺に目をつけたんだ。「美味しい遺伝子の話があるんだ」と輝かしい未来をちらつかせながら。

聞けば聞くほど、身を引きたい内容だった。研究にはそれなりのモラルってものがある。それがサラにはきちんと理解できていない。

理解していたとしても、その上位に新たな基盤を敷いて、旧式モラルを覆す数式を構築するような女だ。

それって、やばいなあって思うんだよ。

*

一応、師事する教授や所内の知り合いに、この案に乗っかっていいものかどうか、俺は相談してみた。皆が一様に「やめとけ」だった。

「さまよえる都市」への調査にはすでに半世紀の歴史があり、どのチームも都市へのアクセス不能のままの、惨憺たる失敗の連続を経験していた。軍部も独自に調査しており、最新鋭の量子コンピュータを導入しても、小型核兵器を仕掛けても、都市への外部からの侵入は一切遮断されていた。

「トム、もし君がどうしてもサラの計画に参加するのなら、ひとつ私から相談がある」と言う者がいた。それは研究所長だった。まだ40代後半の若い管理職で、すでにノーベル物理学賞を受賞した火星のブレインだった。

「昨日、サラが私の部屋に押し掛けてきて、言ってきたんだ。軍と掛け合って、バズーカ砲を譲ってくれないかって。

「彼女が素晴らしい頭脳の持ち主なのはわかる。だが、さすがに今回の計画内容を聞いて、参ったよ。軍にも睨まれそうな気がする。そこで君に相談だ。サラの共同研究者になって、計画を頓挫させて欲しいんだ。

「一度言い出したら、サラは絶対に聞かない。君がその上に新たな基盤を敷いて、解のない式を書き足して欲しいんだ。君に損はさせない」。

それはそれで、やばいなあって思った。けれど、やばいとやばいを比較したら、研究所長のやばいのほうが得だと軍配が上がった。研究職の将来を考えれば、大きなものに巻かれたほうが、一番安全な選択だ。俺は何度も引き算をして、どちらが大きな解をもたらすのかを確かめた。

*

協力していると見せかけて、失敗へと導く。なるべく研究資金を使い切らないうちに、早期打ち切りを目指す。そのための工夫としては、怠惰一途に尽きた。

サボることが効率を上げる、同時に俺の研究職としての株も上がる。最高なシナリオだった。

さっそく「俺に任せろ」と言って作業分担をもらっては、要所要所で手を抜いた。それなのに堂々としていられるなんて、夢のようだった。所長の目だけを気にすればいいのだから、簡単だった。サラの反応なんて気にしなくていい。

当然、サラは渋い顔をした。門の前で、疲れと暑さで俺がへたり込んだ(ふりをした)時には、いきなり「ぶっとばしたろか」と汚い文句も言われた。せめて「大丈夫か?」くらい言って欲しかった。ここは、さすがに。

ところが、それから数時間後にサラが戻ってきた時、本当にバズーカ砲がぶっ飛んできた。すぐそばに迷い込んできた客人もいたというのに、まったく何を考えているんだ。

(To be continued.)

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