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まだ涙が辛くないうちに、

《本編》

まだ涙が辛くないうちに、・女性一人用台本

あなたが連絡を返すのは、スタジオ上がりの深夜だけ。
一日中温める1件の通知に、夜までじわじわ締められる。
すぐには返さない、続く言葉に期待しても裏切られるから。
未読されているLINEの方が、刃は鋭くて痛い。
寝る前に送るお疲れ様。
開いたトークに、業務みたいなやり取りの履歴が列を成す。
会いたいって言えなくなったのは、もう随分前らしいね。
起きて気づく数時間前の通知は、まるで絆創膏。
蓋をするだけで治す能力のない、その場しのぎなのに、
受け取った私の心は温かさに満たされる。
ひと時の溢れる幸せ。そう、一瞬で消える幸せ。
今私が嬉しいのか悲しいのかを、甘い涙は教えてくれない。

分かっているんだ、あなたは不器用だって。
LINEよりもギター。女よりも歌。
これからはつまらない二股はしないで、
恋人は音楽だけにしたらいい。
人を救う曲を生み出す間も、人の心を動かしている間も、
幸せにすると誓った彼女は、その言葉に縛られて、
どんどん傷だらけになっていくんだから。
大きな口は、夢を語る時にだけ開けたらいい。
期待させるような甘い言葉は、人の人生を狂わせる。
女にとったらいつかの成功より、目の前の幸せが大切なの。
病みなれた私の方が、ずっと良い詞がかけるよ。
やらないから知らないけど。

私はもう疲れたから、全部終わらせる。
ブロックすればもう私が行かない限り、私たちは会えない。
知ってたかな、あなたが知ってる私の家には、
3ヶ月前から新婚夫婦が暮らしてるんだ。
引っ越したこと、隠してたと思ってもいい。
他の男ができたから、音信不通になったと思ってもいい。
どうせ、私がいなくなったことに気づくのに1ヶ月はかかるから。

私が流した涙のぶんだけ、これからあなたが悲しんでくれたら、
私はさいっこうに幸せ。
さようなら、最後までいい子でいられなくてごめんね。

《後書き》

これは友達からお題を貰って書いた作品です。「私が流した涙の分だけ、あなたが悲しんでくれたら私は幸せ」
不幸を望んでいる訳では無いけれど、自分の苦しみをなぞればいい。という疲れた女の子の顔が見えるような言葉だったので、クリエイターと重ねようと思ったところから、バンドマンに恋をした主人公ができました。
救われないお話だけど、自分から自分を守る為に告げた別れはこの女の子の強さになると思います。彼女がこれから異性とは別の恋人を見つけて、輝けたら幸せなのかなぁ、なんて思いつつ。
この作品が自分を愛し直すきっかけになることを願って。

2022.08.17 音葉 心寧

イラスト︰ノーコピーライトガール


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