191208_牛首村殺人事件

牛首村殺人事件

「……これが40年前、牛首村で起きた殺人事件の真相ですね」
 記者は語り終わった。
 老人は沈黙し聞いていた。
「何故、あなたほどの人が……」
 老人は重そうに口を開く。
「あの事件について考えない日はなかった。そして、いつか誰かが私の元へ来るのではと」
「やはりあなたはあの当時」
「ああ、その通りだ」
 老人の目は奈落の底を覗くように足元にあった。
 静かに語った。
「私は、あの事件の……。
 真相、そしてトリックを解明していた」
 無感情で無機質な告白だった。
 記者は対照的に強く問いただす。
「改めて聞きます。何故、公表しなかったのですか? 私だって当時の資料だけで推理できたんです。あなたほどの名探偵が」
「その肩書きが問題なのだよ」
「どういうことです? 事件のトリックは氷を使った簡単な……」
「簡単すぎたのだ。あの事件は!」
 老人は声を荒げた。
「事件の一報を聞いた時、すでに事件の真相について察しはついた。そして現場の調査で瞬時に予想は確信へと変わった。君が話した通りだったよ。
 私はいつも通り推理を披露しようかと一瞬思った。
 だが探偵である私が、意気揚々とこんな陳腐な仕掛けを講釈?
 ……とてもできなかった」
「まさかそんな理由で……。では、多くの推理家や記者達が口を閉ざしているのも」
「皆が真相を解き恐れたのだよ。キャリアに傷が付くことを。
 警察も同じだった。このような稚拙な事件、扱いに手をこまねいていた。だから私を呼んで押し付けようとした。だが私だってこんな事件の解決など……。
 ……いつしか暗黙の内に事件の迷宮入りが決まっていた」
「しかし、殺人です。外面を気にして公表しないというのは……」
「では君が推理を公表すればいい」
「嫌です」記者はキッパリと言った。
「こんな事件、真相が解けたなんて誰が言えますか。先ほどあなたに語ったのも顔から火が出そうでした」
「ではどうする。君も皆と同じように口をつぐむのかね?」
「いえ、そうもいきません。私は公表します。事件はすでに解明されていたことを。名探偵のあなたによって……、ぐっ」
 記者は喉を抑え床に倒れた。
「君については調査済みだ。老いたが探偵なのだ。申し訳ないが見過ごすわけにはいかない。
 ……ただこの事件も解明されないだろう。何せごく初歩的な毒の効力時間の差を利用したトリックだ」
 老人は溜息交じりに独白する。
「単純な真相など誰も見たくも知りたくもないのだよ」


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