アーティストビジネスの役割について考える (1)

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もとレコード会社社員としてフリーに転身後、アーティストとの仕事を通じて経験したこと、主に失敗談から学ぶ今後の役に立つ考え方などを書いていきます。
実際にはこういったテーマの内容がどの程度世間の人の興味を引くものなのかわからないですが、1エピソードを出来るだけ短くして、少しずつのブロックで書いていきたいと思います。

一つ目のエピソードに入る前に筆者のレコード会社時代の略歴に少し触れさせてください。

新卒で日本の、特にドメスティックなレコード会社に就職し、自社サイト運営、媒体宣伝、ニュービジネス開発的な部署を渡り歩きました。演歌や歌謡曲を軸に据えた会社だったので、デジタル後進ジャンルでウェブプロモーションをどうやるかと悩むうちに、撮影と動画の編集ばっかりしてる数年間があったりしました。媒体宣伝に移ってからは思いっきりトラディショナルな型通りの仕事しかしてませんでしたが、最後に異動した新規ビジネスの部署では、一気に音楽と遠さかり、演歌カレンダーの制作案件で、小道具のススキをとってきなさい、と当時の上司から言われ、山手線渋谷駅の線路周辺を半日近くうろうろしていたという忘れたくても忘れられない記憶があります。

次に、芸能事務所と通信会社が共同出資したレーベルで音楽配信やデジタルまわりを担当。Spotifyが出てくる前の、サブスクという概念が広がる前の、ダウンロード型配信担当であり、CMSが出てきたばかりの、マネタイズ周りが混沌とした状態のYouTube担当であり。
とにかく毎日何かしらのシステムを孤独に触っていて一つキーを間違えば爆死するような環境下だったので(実際にiTunesへの誤配信とかデジタルタトゥーを追っかけ回してなんとか消したりとかそんなことも少なくはなく)、いつも焦燥感に満ちた日々を送っていました。今でこそレーベルは”デジタル担当”の人数を一番拡充していると思いますが、その黎明期でさらにベンチャー企業だったところは大きく。iTunes connectの画面をずっとリロードし続けて米国担当者からチケットがapproveされたか張り付いて待つ…といった、デジタルとは思えないようなアナログな作業をしていたのは強く印象に残っています。

最後に、外資系のレコード会社で洋楽/クラシックなどの制作やプロダクトマネージャーを担当しました。日本人のタレントさんの担当もやりつつだったので、総合するとA&R寄りの制作担当っていう感じだったと思います。

振り返ってみて思うのは、結構タイプの違う会社で比較的色んなセクションを経験したこともあって、どの場所でも平均70点台くらいのスコアは出せていたかと。実際やる気もあったし責任世代的な感覚もあって、自分を追い込んでやってたのもありますが。
ただ、70点ということで突き抜けるような何かがなかったことは確かです。わかりやすい出世をしたことはないし、どの部署にいた時も、目立つようなヒットを出したこともないし、あったとしても結構ニッチな世界でウケた、というくらいのレベルでした。

そんなレーベル時代を過ごした筆者が、コロナ禍タイミングからフリーとなり、最初にやったアーティスト仕事がとある地方アイドルの A&Rでした。
ただ、この経験により”A&Rって一体なんなんだろう"という壁に思い切りぶち当たり、自分の無力さを思い知ることになります。

その仕事は、昔の知り合いから来たものでした。
アイドルはその時点でレーベルとの契約が切れて音楽リリースにおいて何のインフラもない状態にありました。実際、コンサルから音楽屋さんまで業界内外の「彼女たちのファン」が集まって半分有志で仕事をしているような変わった環境でした。
私は生まれて初めて、業務委託でA&Rを受けた上に、コロナ禍スタートで全く会ったことがない/会えない人たちとオンラインミーティングだけでやりとりし、プラン等を詰めていく日々の中で、どんどん状況理解も意思疎通も難しくなっていきました。
なぜかマーケターは大量にいる現場だったのですが、レコード会社出身の人もいないし、制作や宣伝をする上でのインフラもないし、法務や経理もないし、音楽リテラシーも合わないし、全く音楽業界のツーカーが通じない!これじゃまともな仕事ができるはずない!とその時は憤っていました。
が、そのマインドが、結果的にこの仕事で自分が成功できなかった/成功するチームの一員になれなかった原因だったなと、今は思っています。

自分は、アーティストの成功=ヒットを作るためには、既存のレーベルのようなインフラとチーム内の役割構成が出来上がっていることが条件だと思い込んでいました。
さらに、”A&R”という言葉が従来持つ意味に固執しすぎた結果、自分が知っている”A&Rがやるべき仕事”をなんとか実行しようと、何なら無駄な動きや軌道修正を何度もかけていたんだと振り返ります。逆説的にいうと、自分の力を発揮するにはそういう風に持って行くしかない、と思っていたとも捉えられます。

具体的にいうと、「A&Rなのでアーティストに関する全議題で自分がオーサライズ及び仕切りの役割と担わないといけない」とも思っていましたし、アーティストブランディングに関わるコアアイディアを自分が出さないければいけない、とも思っていました。
しかし現実は、あちらこちらでパラレルに議論が起こっていて全ての会議に出ることは物理的に不可能な上に、どちらかというと自分の意思決定は必要ではなく、全体で起こっているディスカッションの要件を整理してシームレスに組織に共有するとか、「今ココ」的な旗振りをする役割が一番求められていたのだと、今であればわかります。制作進行役であり、取りまとめ役という感じです。

この時代なのでご存じな方も多いと思いますが、やはり、その組織にとって自分がやるべき/必要とされる役割をスピーディに察する頭の良さと、周囲とうまく協調してコミュニケーションをとりながらプロジェクトを推進できる人物像が、これからのアーティストビジネスにおいても必要だということです。

レコード会社のような、役割が定義づけられている場所ではA&Rが担当できた自分でも、その定義が曖昧だったり存在しない場所では務まらなかった。よりはっきり云えば、在職中はA&Rという枠の仕事をたまたま割り当ててもらっていただけで、本質的にはA&Rの能力はなかったのだな、と痛感したわけです。
おそらくフリーにならなければこういったことに気づくこともなかった可能性が高いので、良かったのだと思いますが。

しかしながらこの「役割」におけるさまざまな齟齬は、次の回で言及する中堅男性シンガーの仕事でも痛感することにになります。

続きます。

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