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ココアシガレット

出会った頃は
メビウス プレミアムメンソール・オプション・パープル

去り際は
キャメル・シガー・メンソール・ボックス

何故か鮮明に覚えている彼のタバコ。

タバコは嫌いだった。
いや、今も嫌い。

でも彼の気配を感じるそのタバコの香りは嫌いじゃなかった。

吸ってる間は近寄らせてくれないのも。
電話しながら吸うと入る換気扇の音も
キスした後の独特の苦味も。

全部全部、彼だった。

5歳も離れている私に
お子ちゃまには早いと言った。
タバコが苦手なのを知っていたから控えてはくれてたけど。

ご飯を仲良く食べた後
ドアを開けて一定の距離を保ち、談笑しながら
換気扇の下で一服する彼に

「ねぇ、私にも頂戴よ」

という勇気は持ち合わせていなかった。
その一言で1歩近づける気はしていたのに。

自分のことを
「僕は悪い大人だから」
と言い訳のように表していた彼に

「お兄さんは悪い大人なんでしょ??
私のことも染めてよ」

って言えばよかった。
今ならきっと言っている。強がって。

今でもそのふたつの銘柄のタバコを見ると
あのイタズラな笑みを思い出す。香りと共に。

こんな記憶消えて欲しいのに。

私も1発、彼にそういうインパクトを残して
離れたかったなと思う。

タバコの中身を全てココアシガレットに変えて。
「お兄さんは確かに悪い大人だったけど
詰めの甘さと考えの甘さはまだまだ子供だったね」

なんて箱に残して。

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