「宝石」 ショート×ショート(952文字)



Aの持つ宝石は、人々を魅了した。
 

勿論、石には違いないが一見して他のそれとは違う輝きを持っていたからだ。

Aは長い間、この宝石を探し求めていた。まるで見当違いだと人々は罵ったが、それでもAは諦めなかった。途方もない労力の末、Aはとうとうこの宝を手にしたのだった。Aがその宝石を天にかざすと、群衆は歓声をあげた。陽光にさらされた宝は、降り注ぐ光を少しも逃すまいと輝きを放ち、人々はその宝石の煌めきに心を奪われた。ある者は国が買えるような金貨でそれを手に入れようとし、またある者はAを殺して奪おうと計略を企てた。

そんな時だった。Bが現れたのだ。

Bの持つ宝石は、人々を魅了していなかった。

勿論、Bの手にした宝石も、石には違いなかったが、その光り方がまったくAとは異なるものだった。Bは、声を高らかに群衆に話しかけた。最初こそ人々は相手にしていなかったが、次第にBの持つ宝石に関心を持ち始めた。Aの宝石とはどうも違う輝きを魅せる、Bの宝石こそ価値があるのではないか。人々の興味は急ではないがゆったりと流動し、Bの持つ宝石に傾けられていった。Bの宝石を買いたいと声をあげた人物は、Aの宝石を買い損ねた人物だった。

いつしか、誰もAの見つけた宝石を見なくなった。Aが初めて宝石を手にした百年後の話だった。だが、Aの宝石は輝きを失った訳ではなかった。むしろ、時を経て、輝きは増していたのかもしれない。

人々はBの宝石を追い求めていた。




…と、男はそこまで書いて、手を止めた。

なぜこんな文章を書いたのかと、男は不思議に思った。

斜め前の席に、スマートフォンのアプリで遊んでいる人が見えた。この数か月で爆発的にヒットしているゲームだった。それは、男が生み出したゲームシステムを元に造られたアプリだった。男が開発したアプリを遊ぶ人々は激減し、人々の興味はいとも簡単に移り変わった。



電車がとある駅で止まった。男の目的地はまだ先の駅だったが、男は何となく、その駅で降りた。昔は、何日もかけて移動をしたらしい土地に、たった一時間で着けるということが、無性に腹立たしくて仕様がなかった。

男はひどく疲れていた。あの電車に乗っている人々、すべてがそうなんじゃないだろうか。そんな疑念をいつまでも拭うことができず、男はそのまま動くことができなかった。

 
 


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