理解できないのに「知っている」?
モンテッソーリ教育では、子どもが自発的に選択する意思を尊重しています。
なぜなら、子どもは自分の成長や発達の、その時期に必要なものを「知っている」からです。
たとえば、シールを台紙からはがして貼る、ということを集中してくりかえす子どもは、指先を使うことでその機能を実現したり、指先を使うことを洗練させていっているんですね。くりかえすから上手になっていくんです。あたり前だけど。
では、なぜ「知っている」のか?
それは”敏感期”が関係しているんですね。
敏感期というのは、生物学者のド・フリースが発見した、生物の主に幼少期にみられる特別な感受性が強くなる時期のことです。モンテッソーリは、それが人間の子どもにもあることを観察しました。
たとえば、上記の指先を使う例であれば、子どもは「指先を使う」という発達を遂げるために、それが叶えられる環境に敏感に反応するんですね。
だから、シール貼り以外にも、指先を使って本棚から本を引っぱり出すとか、貼ってあるシールを真剣にはがすとか、指先を使うことならなんでもしたいって情熱的になるんです。
だけど、指先の機能が手に入ると、その情熱的なほどの強いきもちも消えてしまう。
そんな不思議な敏感期ですが、これはおとなにもあるんじゃないかって思うんですね。個人差ありのことだと思うんですが、これを読んでいるあなたも、ふりかえってみると何かに対する敏感期があったことを発見できるのではないでしょうか。
これは私の個人的な経験です。
まず、私は30代前半で結婚への敏感期がきたんですね。「結婚したい‼」と強く思うようになって、1・2年後に本当に結婚しました。そしたら今度は「子どもがほしい‼」と強く思うようになって妊娠・出産する。生まれたら子育てに強い興味をもって、同時に家事にも強い興味をもつようになったんです。でも、どれもすべてその情熱ってずっとずっと続いたわけではなく、家事はある程度のスキルが身についたとたんに、子育ては子どもに手がかからなくなったと感じたとたんに、私の情熱の火が「しゅーっ」と消えてしまったんです。
そして今は、自分の人生とか生き方に強い興味をもつようになっています。
これって、実は人間の発達段階に関係しているんですね。
自分に必要なことは、自分自身が「知っている」。
それが顕在意識では理解できないことだったとしても、自分のこころの奥底では「知っている」。
ということで、次回は人間の発達段階のことについて書いていきたいと思います。