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止まり木図書館司書ーー図書館のご案内

「『かきとかき』では平面だけど、『牡蠣と柿』だともくもく⚫︎⭕️◉◎なにやら▼▼▼▼が浮かび頭の中で立体を形成する。漢字は古くから使われていた立体起動▼▼装置なんですよ」

 漢字はつまるところ、細分化された素数の単語。単語は助詞やら動詞やら副詞などとせってはぶつかり火花を散らし、くっついては離れ、またひっつき、じたばた暴れだしていく。発光しては消灯し、明滅を繰り返しながら立体に浮かびあがっていく。そのようにして足に根を生やしたような不動の単語が仲間を引き連れ、川が流れるように意味を紡ぎ出し、川面を滑り出していく。
 これが文章と呼ばれる二次元の立体化。単語の立体起動装置に輪をかけた超立体起動装置。
 この手法なら、電気を使わないから、バッテリー切れの心配なし。二次元の文字の羅列に生きる僕たち世界の図書館では、このようにして日夜、無から編み出した有機性書籍を仕入れ、貸し出している。

 物語は命の記録であり、また生きた証でもあります。

 なのだけれども、元来、あまり公表すべきものではないんですね。辛辣だけど真実を語れば、誰ひとり興味を示す類のものではないから。だから生まれてくる物語のほとんどは日の目を見ずに終わってしまいます。人生では辛さが楽しさを圧倒的に凌駕しているように、読まれず閉じられたままでいる物語は、延べ読者数に比して膨大なのです。
 ためしに描いた物語を読んでほしいと誰かに乞うてみるといいですよ。よくて「あ、そ」とあしらわれておしまい。たいがいは気に留められることもなく、そよと吹く頼りない風にさえ巻かれて消えてしまいます。

 人生の物語はあまりにか弱く、存在感は薄い。

 それでも人は、自分の物語を紡いでいきます。紡ぐことが生きる証だから、紡がないわけにはいかないのです。その人生には上り坂もあれば下り坂もあります。上り下りを定期的に繰り返す人もいます。また、上り調子で一生を終える人もいれば、下り坂を転げ落ちていく人生に生きる人もいます。
 平坦な道を行く道にすら、足跡は残ります。そこにも物語はできる。読まれるかどうかは別にして、記録は残るのです。

 止まり木図書館は、そんな個人の物語を収蔵する二次元図書館。
 ここにあるのは、人生の立体文庫。一般的に目にする書籍を開くのとわけが違います。ページをめくれば、そこに書かれた文章のつらなりがたちまち立体に現れるのです。

 人は「あの人は仕事ができる」とか「人がいい」とか「男に媚びる女」とか安易に他人を定義したがるものですが、人は星の数ほどの多面な顔を持っているものです。その一部を垣間見たくらいでその人を「こういう人だ」と断定するなんて、おごっているにもほどがあります。少なくとも個人的には本質を見極めることのできない細胞のシンプルな人に見えてしまうのです。他人を定義するのに自分の都合のいいバイアスをかけた、嫉妬を油絵の具を塗りたくって覆い尽くした御託に聞こえてしまうのです。
 犯罪者には犯罪者を覆すだけの正義が宿ることもあれば、裕福な暮らしを手に入れた孤独もある。食わねど高楊枝で世間の風を肩で切っていくサムライもいます。これらの事例でさえ、無限大に広がる多面のうちのほんの一面にすぎないのです。

 人生、何が起こるかわからない塞翁が馬、人の内側もまた予測しがたい多様な川が支流、枝流をつくり縦横無尽に流れています。それらは迷路をつくり、落とし穴をこしらえ、逆バンジージャンプで宙空に放り出すことさえあります。
 人は数えきれない多様な面をひとつの躯体にギュッと凝縮収納しています。
 そのシュリンクされた人生のひとつひとつが個人個人の立体文庫1冊1冊に収まっているのです。

 通りすがりの読者が気まぐれで開いても、瞬間に理解することはできません。立体文庫に収録されている物語は濁流であり、山河であり、大海であり、ひとつの宇宙なのです。ちっぽけな人間ひとりがひと抱えにできるものではありません。1見開きごとの収納力もものすごいのです。ドラゴン花火を思い浮かべてもらえると、小さな筐体からあふれ出す煌めきの刃の片鱗を少しは感じ取ってもらえるかもしれません。その情報量は、一般的に書籍と呼ばれているものとは桁が格段に違います。

 止まり木図書館の収蔵物は、立体文庫だけではありません。ほかに一般的な書籍や最新の雑誌も取りそろえています。予算をやりくりしている関係で、人気が集中するタイトルは品薄状態が続くので、そこのところはご理解とともにご容赦いただければ。
 早く読みたい、今すぐ読みたいというご仁は、書店へ足を向け直していただきたく思います。とくに受賞直後の本屋大賞や直木賞受賞作などは、話題が風化したころでなければ借りにくい状況が続きます。
 それでも、どうしても図書館で借りたいと言うのなら、順番を辛抱強く待っていただくことになりますが、それでよろしければ。

 読みたい本は何ですか? タイトルが絞られていないのならば、図書館司書のわたくしがご案内いたします。
 書店で売られていない書籍がご所望ならば、探してみることもいたします。きっとあなたの求めている書籍にめぐり合うことができるはず。
 ここは人生の立体文庫が主力商品の図書館です。これまで生きてきた人の数ぶんだけ物語がございます。ほぼないものはない、といっても過言ではないでしょう。

 さて、どのような本をお探しでしょう?
 まずはあなたのお望みをじっくり聞かせてくださいな。





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