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父が表彰された話

先日、父が新聞に載った。
振り込め詐欺を未然に防いだことで警察から感謝状を授与されたとのことだった。
新聞の地方欄に小さく父が賞状を持って写っていた。

父は大学卒業後に地方の金融機関へ就職。ひとつの会社を定年まで勤め上げた。大きな功績こそ残してはいないが昔は地方の支店長を任されていたこともあった。今は再雇用され地方の小さな銀行の一社員として勤務している。どこにでもいるようなサラリーマン。その典型のような人だ。

世の中は何かを成し遂げなければならない、そんな空気に満ちている。
そんな時代の中、父の人生はなんとも平凡である。自分で会社を立ち上げるでもなく、会社を大きく動かすような功績を残すでもなく。与えられた仕事を黙々とこなす日々であったと思う。文字にしてしまえばこれといったすごいことは成し遂げてはいないように感じてしまう。

その日は業務が忙しく対応に時間を割くのも大変だったと書いてあった。きっと年金支給日か何かだったんだろう。銀行の混みようを考えると老人の世間話に耳を傾けている暇があったら少しでも業務をこなしたいと思うのが仕事人の考え方かもしれない。そんな中、父はその老人の話を聞き、老人の息子に電話をかけて詐欺に気づくことができた。

仕事を仕事としてしか考えていなければこの詐欺は防げなかった。私はそう考える。
老人の世間話は長いので聞くに耐えない、と言ってしまえばそれまでだっただろう。見知らぬ老人の話を聞いてそれが徒労に終わることだってよくある話だから。中には忙しいからと適当にあしらう社員もいるのではないだろうかと思う。仕事しか見てない人なら、時間を無駄にするようなことが許せない人なら放っておいたかもしれない。ただ父はそれをしなかった。

決して華やかな人生ではないのかもしれない。誰からも褒められることもない日々だったかもしれない。だが腐らず、折れず、自分の意志を持って日々仕事に励んでいたのだろう。そのこつこつと積み上げてきたものがこの度形になったのだと思う。そこには確かに父の仕事人としての心があった。それは何かを成し遂げるよりもずっと尊く大切な心だと私は感じた。

何かを成し遂げなければならない。そんな時代とは逆行している。だがこの心が今の時代とても大切なのではないだろうか。誰かを思いやる心。それはお金にはならないかもしれない。徒労に終わるかもしれない。だが思いやった気持ちは決して無駄ではない。私はそれを信じたいしこれからも大切にしたいと思った。

この話は先日実家に行った時に母が話してくれたものだ。母の手には大事にファイルの中に保管された新聞記事があった。父の話を嬉しそうに話す母。そんな両親の姿を見ると私はこの両親のもとに生まれて幸せだなとつくづく思うのでありました。

子どもにお小遣いをあげる気持ちで♡