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囃子の音 *story

夕闇が迫る、夏の逢魔時。

青が藍色に変わる空に、
赤やオレンジの提灯の光が揺れ、
祭囃子と人々の湧いた声が
通り一帯に響き渡る。

アスファルトの匂いと、わずかに残る熱の放射、
人ごみの熱気にあてられる。

お祭り特有の甘いような辛いような匂いに、
すれ違う浴衣の人の石けんのような香り。

全てが入り交じるこの夜。

コンビニで買ったビールの袋を下げ、
人混みから逃げるように職場の外階段を登った。

(高みの見物といきますか)

屋上から街を眺める。
人がぞろぞろと動き、
さながら大きな龍が大通りを抜けていくようだ。

人並みから解放され、
屋上の風とビールで涼む私を、
屋台の並びから見つめる人があった。

彼女はひとりで誰かを待っているのか、
白地の浴衣に、花のような模様が揺れていた。

祭りの音は大きさと重さを増し、
さらに街を飲み込むように
賑やかさが溢れかえっていた。

先ほどの彼女はまだひとりそこにいたが、
ふいに何かを諦めたように
こちらに向かって歩き出し、
ビルの影に隠れてしまった。

ガタン、ガシャン。

屋上の滑りが悪くなったドアを、
慣れたように開け閉めする音がした。

先ほどの彼女だ。
よくみると、
職場の下の階にいる新人の女の子らしかった。

「わたしもここいいですか?」
ちょっと拗ねたように、何かを諦めたように、
ちらりと目をあわせたかたと思うと、
返事もするかしない内に隣に並んだ。

すっかり陽が落ちた人並みと光を眺める。

気の利いたことも喋れないので、
ひとまずビールを渡すことにした。
「ありがとうございます」

カシュッと音をたて、ゴクっとひとくち。

まぁ色々あるよな。
こんな夜だし。

祭囃子の音色が夜の闇に溶けていく。
こんな夜はなんでも起こりそうな気がする。


あの夜から6年。
祭囃子と人並みと屋台の匂いをつまみに、
2人で並びビールを飲んでいる。
今は屋上ではなく、マンションのベランダで。
人混みに疲れた人が、時折羨ましそうに
こちらを眺めてくる。

人生は、何があるか分からない。


あとがき

祇園祭の夜、人混みに疲れて上を見上げると
どこかのご夫婦がビールを飲みながら人並みを眺めていました。あの時の羨ましさが、今でも心に残っていて、こんな物語を書いてみました。

屋上からみる祇園祭、どんな景色なんだろう。