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知らない港町で *story

学食の自動ドアが開いた瞬間、
うどんかな?
出汁スープのような匂いが漂っていた。

(遅刻した..)

他大学との合同合宿で、
相部屋の子とお喋りしすぎた。

女の子同士のお喋りは真夜中まで続く。
その日は気がついたら明け方の4時だった。

何しろ彼女の話ときたら尽きることなく面白い。
すっかり話に魅了された私は、
永遠とその話を聞いていられた。

起きたら、今日のディベート講義まであと40分。
他の部屋の子たちはすでにホテルを後にしていた。
バスの時間は10分後に迫っていた。

携帯には他の部屋の子たちから、
何度も着歴が入っていた。
(まずい..!!)

ギリギリバスに乗り込み、
知らない街並をそわそわしながら眺める。

バスを降りると、
まだ冷たい3月の風が
緊張する私たちの頬を冷やしてくれた。

半分寝ぼけたまま食堂の2階に駆け上がる。
昨晩の飲み会のお酒が残って、
少し頭痛気味。

「「すみません。おくれました…」」
5分遅刻。2人で声をそろえて謝る。

テーブル席は、2人分を除いて全て埋まっていた。
そそくさと、空いた席へそれぞれ座る。

目の前の席は知らない男の子。

先輩かな。
なんとなく大人びた雰囲気の人だった。
昨夜の飲み会でも見なかった気がするな..。

ディベート前のアイスブレイクがはじまった。
4人テーブルでお互いの名前を確認しあう。

前の席の子を"さん"付けで呼ぶと、
「同級生だと思うよ」となまりのない喋りで、
クスッと笑われた。

あれ?この人どこからきたんだろう。
飲み会の時は、地方のなまりに溢れていたので、
少し気になって聞いてみると、
カウンター席で飲んでいたらしい。

そりゃ見ないわけだ。
カウンターでぷかぷかと
タバコをふかせていた人たちか。

白い煙がモクモクし過ぎて
煙たいのが嫌いな私を寄せつけなかった。

講義はなんとか無事に終わり、
それぞれが帰路に着く。

「せっかくだから観光してく?」
相部屋の子に誘われて、観光することにした。

「あれ?帰る方向同じだよね。」
前の席の彼がどこからともなく
話しかけてきた。

それから後は謎の展開。
ディベート講義の先生と私たち3人で
観光することになった。

この街は、どこか懐かしい感じがする。
港側にある自衛隊基地沿いを歩きながら、
老舗のカフェへ向かう。

海風にのって、
彼のタバコの香りがかすかに漂ってきた。

「タバコ吸う人はいや?」
タバコの香りは嫌いじゃないけど、
煙たいのがいやなのだ。

爽やかな香水と混ざって
むしろ好ましい香りがしていた。

先生は何度もこの土地を訪れているらしく、
観光案内までしてくれた。
それにしても詳しい。

店の前に着くと、ホットサンドの香りが
2階の開け放たれた窓から漂ってきた。
前の晩の夜更かしで、お腹はあまり空いていない。

「なにこれ」
あまりに巨大なホットサンドに、
相部屋の子と思わずひいてしまった。

「半分食べようか」
心を見透かされたかのように、
彼が提案してくれた。

サンドイッチの隣に、
何気なく100円玉をおく彼。

「これ大きいよね」と言われて、
こんな比べ方をする人がいるんだ、
と思わず笑ってしまう。

遅めの昼ごはんのあと、
夜更かしと観光の疲労で
すっかり眠くなってしまった。

帰りの電車は混み合って、通路でお喋りする。
彼は慣れてきたのかよく喋る。

少しずつ子守唄のように聴こえてきた。
私は夢見心地に頷く。
もう立ったままでも眠れそう。

相部屋の子と先生はというと
すっかり意気投合し、
今では2人の世界の中だ。

電車の雑音にかき消されて
よく聞こえないが、
きっと知的な会話が繰り広げられている。

あれから1時間、
やっと席が空いた。
彼はいまだに疲れを知らず、
私に話しかけてくる。

なんだかなぁ。
はじめて会うのにそんな気がしない。

昔からの幼なじみのように、
めずらしく自然体の私がいた。

電車に揺られ、ガタンゴトン。
いつの間にか眠っていた。
目の前の彼も気持ちよさそうに眠っている。

窓の外はすっかり夜だ。
見知らぬ街の光が通り過ぎていく。
まだ夢の中にいるようだった。

この小さな旅と出会いが
私の人生を変えていくのを、
この時の私はまだ知らない。