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『世界は食でつながっている』

あなたのバイブルを教えてください。そう聞かれたら真っ先にこの本の名前を挙げる。『世界は食でつながっている You and I Eat the Same』角川書店/MAD(著)/中村佐千恵(訳)。

著者にあるMADとは、デンマーク語で“食べ物”という意味。世界一のレストランと称される「noma ノーマ」を率いるレネ・レゼビが立ち上げたNPO団体で、この本はMADに関わる食の専門家たち、レネ・レゼビを含む22人によるエッセイ集だ。編集はフードマガジン『Lucky Peach』設立者のクリス・イン。

さまざまなトピックで書かれた内容は、ときにおいしそうで、ときにワクワクし、ときに考えさせられる。


たとえば多様性についてはこう書かれている。

「わたしたちがそれぞれ異なっているという事実には、はかり知れない価値がある。アイデンティティも、人格も、創造性も、生存競争も、愛も、孤立も、歩み寄りも、互いに異なっているから生まれる。本書のテーマが食べ物であることから、食べ物もまた、それぞれ異なっていることでおおいに恩恵を受けていると予想できるだろう」(クリス・イン)

そして「単刀直入にいえば、この本が伝えようとしているのは、食材とアイデアと人間が、自由に世界を行き来することができて、はじめて料理が存在するということだ。移民を受け入れることで、おいしい料理が食べられるようになることは、まぎれもない事実である」(クリス・イン)と。

移民を受け入れることで、おいしい料理が食べられるようになった国、
それはまさにマレーシアのことだ。

マレーシアの町を歩くと、食欲をそそるサテーの香ばしい匂いがただよい、体によさそうな中国漢方店があり、さらにすすむと刺激的なカレーの香りに誘われる。この街並みは、マレー、中国、インドなど多様なルーツをもつ人々がともに暮らすことによってうまれたものだ。中国系やインド系のマレーシア人は、おもに19世紀に移り住んだ移民を祖先にもつ。

マレーシア料理は、まるで複数の国を同時に旅しているように感じるほど、バラエティに富んでいて、そしておいしい。それは移民を受け入れたことによって生み出された財産なのだ。


また、フライドチキンの記事にも心を動かされた。

1863年の奴隷解放宣言後、自由の身となった黒人女性たちが売り出したのがフライドチキンの始まりといわれる。そのため、黒人への偏見の象徴としてフライドチキンが描かれた時代もあったという。

「長い歴史のさまざまな時代、フライドチキンは熱烈に求められ、拒絶され、歓迎され、非難され、けなされ、崇められ、利用されてきた――それも、しばしば同時に」(オサイ・エンドリン)。

そして「もしフライドチキンを分け合うことに誰もが同意できたとすれば、フライドチキンの複雑な負の遺産の重みを分かち合う第一歩ではないだろうか」(オサイ・エンドリン)と記事を締めくくる。

マレーシアにも、ヨーロッパ列強による植民地時代の影響を受けた料理が多数ある。たとえばチキンチョップ。マレーシア人が大好きな、いわば洋食で、トマトソースやオニオンソースをかけた肉料理だ。鶏もも肉をこんがりソテー、または衣をつけて揚げたもので、ボリュームも満点。ちょっとハイカラなマレーシア料理として親しまれている。この料理の起源は、イギリス占領下にあったころ、イギリス人の上流階級者や役人たちのために考案されたといわれている。

フライドチキンもチキンチョップもおいしい。

そのおいしさには、調味料や食材などの目に見えるものだけでなく、食べたり作ったりしていた過去の人々の思いという、目に見えないものも含まれている。歴史が育てた味。それはときによい時代ばかりでなく、困難な時代も反映し、そのすべてを積み重ねて、今の“おいしい”になっている。

多様性の価値と人々がつないできた歴史。そのどちらも感じる味がマレーシア料理にはたくさんあって、興味が尽きない。その尊さについてわたしはマレーシア料理を通して伝えていきたいんです。

出会えてよかった、この本に。

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これは、マレーシア最古といわれる1921年創業のカフェ「コロシアム・カフェ」のチキンチョップ。ジューシーな鶏もも肉に、酸味のきいたトマトソースがよく合っていて美味。

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