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【美術館を味わう④】自転車で絵画に会いにいった夜は、自由の象徴だった。/OIL GALLERY(渋谷パルコ)

最近、友人から自転車を譲り受けた。ずっと買おうか迷ってはいたのだが、ちゃんと使う自信がなくてどうしても購入に踏みきれていなかった。こんなことを言うと友人に怒られてしまうが、特段かっこいいわけではない白いママチャリだ。しかし安定感のある太いタイヤは、運動神経の悪い私にはぴったりだった。そんな自転車を譲り受けた、ちょうど翌日に訪れたギャラリーの話をしようと思う。

訪れたきっかけ

その日は月曜日で、在宅で仕事をしていた。週初めでどうにも仕事に集中できず、SNSのタイムラインを眺めていたら、なんとも素敵な絵の写真が流れてきた。

使われている色ははっきりした色が多く、どこかストリートカルチャーを感じるが、ポップすぎない。描かれているモチーフも犬だったり人だったりと親しみやすいはずなのに、どれもなんともいえないシュールな表情をしている。私はその中でも特に、女の子と犬の絵が描かれている作品が気になっていた。

調べてみると、Sablo Mikawaさんという日本の作家さんが描かれた絵ということがわかり、しかもちょうど今日の20時まで渋谷パルコで展示を行っていることもわかった。この絵はどれくらいの大きさで、どんな感じで色が塗られているのだろう。私はどうにも実物を見に行きたくなってしまった。とても面倒くさがりな性格なので、外に出るのは億劫になってしまうことが多いが、「何かを見たい」という欲望に駆られると、なぜかとてつもなく行動的になったりする。いろいろな感覚の中で、「視覚」の欲が一番強いのかもしれない。

ただ渋谷駅は人が多いので、どうしても行くのが億劫になるし、その時家にいたこともあり、さすがに行くか迷ってしまった。そこでふと思いついたのだ。こういう時こそ、自転車を使えばよいのでは、と。調べてみると、家から渋谷パルコまで自転車で20分だった。せっかくいただいた自転車、とにかく乗ってみたかったのもあり、私は自転車で渋谷パルコまで行ってみることにした。

美術館到着まで

テレビ会議終了が19時。展示終了が20時なので、なかなか攻めたタイムスケジュールだ。会議が終わるか終わらないかでダウンを羽織り、会議が終わると同時に家を飛び出した。まだ慣れない自転車に飛び乗り、道を調べながら渋谷まで走った。まだ2月上旬だったので、自転車はびっくりするくらい寒かったが、一日中家に籠っていたのでむしろ冷たい風が心地よかった。

渋谷に向かう道にはいろんな人がいた。奥渋に生息していそうなお洒落自転車に乗ったお洒落な人、渋谷には珍しくスーツを着た会社帰りであろう人、子供と手をつないだお母さん。ただ、仕事を中断して展示を見るためにママチャリを走らせるアラサー女子には出会えなかった。

着いて時間を確認すると19時半だった。調べた時間より10分も多くかかっているのは、おそらく道を調べながら来たのと、やはりママチャリだとスピードは出ないので、そのせいだと思う。すごく寒かったはずなのに、私は汗ばんでいた。慣れない運動にだいぶ体力を持ってかれていた。とはいえ時間もないので、急いでパルコ内のギャラリーに向かった。

展示

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今回は展示内容についても、いつもより丁寧に書きたい。アートをしっかり学んだことはないので個人的な感想になってしまうが、大目に見ていただきたい。

まず実物を見て驚いたのは、想像以上に作品が小さかったことだ。小さいのに一つ一つの存在感が、しっかりとある。それは、このしっかりと色が重ねられ重みを持った、「油絵」というメディアに起因している気がした。そして、最初に感じたストリート感は正解で、作品の背景にはヒップホップやスケートボードなどのカルチャーが大きく影響しているようだった。油絵からこのようなカルチャーを感じた経験は、これまでなかった。

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ただ、あくまでもポップではない。むしろ体温は低めの作品だと思う。それは人の表情や風景が写実的に、まるで作家の目に見えているものをそのまま描かれているように見えるからだと思う。ただここで、この作家の面白いところは、すごくリアルに見えるが、きっとこれはほとんどすべて空想なのである。まずこんなに肩幅の広い巨人は、いない。今回の中心であった、「HOMAGE」シリーズももちろん彼の目に見えているものではない。リアリティと非リアリティの両立、これが彼の作品の魅力なのではないかと思う。

モチーフの表情も、とてもリアルだ。なんともいえない感情を抱いているような表情をしている。喜怒哀楽に綺麗に分類できない感情。

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展示を見に行く前から気になっていた作品「HOMAGE」シリーズの「黒い犬を連れた自画像」は、クーベルの作品のオマージュだった。クーベルは反骨精神の強い写実主義者だったようだが、作家がこの作品を果たしてどういう感情でリスペクトし、オマージュするに至ったか詳細は語られていないはずである。私は、この少女の表情がとても好きで印象に残っている。明るく楽しい表情では全くないが、弱ってはいない。何かを強く信じているような表情。そして、隣にいる犬はとても姿勢が良い。この絵の中の誰よりも凛としている。近くの岩の形はとても歪だが、遠くに見える景色は夢のように綺麗だ。少女は今の厳しい状況をきっと冷静に捉えている、ただ悲観はしていない。しょうがないからひと休みして歩き出そう、こいつ(犬)もいるし。みたいな、胡散臭いまでの前向きさは感じさせない、ただきっと前に進めそうな、心地よい温度感を感じた。彼のモチーフは、とても人間らしく、そこがチャーミングなのだと感じた。

とても良い展示で、家に作品を持ち帰りたいくらいだったが、さすが最終日ですべてsold outだった。また機会があれば是非早めのタイミングで見に行きたいと思った。

帰り道・まとめ

​どこに行くのも、「行き」はいいのだが「帰り」はなんとも辛い。しかも、渋谷から自宅までは完全に上り坂だ。当分自転車で渋谷には行きたくない、と少しだけ後悔した。帰ったら体はきっと疲れているが、仕事はまだ残っている。「しょうがない、軽く夕飯でも食べた後にやり残した仕事でもやるか」と思いながら自転車を漕いだ。

思いつきで自転車を走らせ渋谷に向かい、ただただ自分の欲を満たす。コロナ禍で楽しいことが減ってしまったように思えることもあるが、こんなにも自由で楽しい日もあるのだ。いつかもっと大人になって、誰かと一緒に生活を始めたりした時に、きっと私はこの自由な日々を懐かしく、そして愛おしく思い出す気がした。

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