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死んだ山田を見てると生きたくなってくる  金子玲介『死んだ山田と教室』

 山田は進学校に通っている高校生で、面白くて優しい、クラスの人気者。ここまで聞いて、あなたはどんな人物を想像するだろうか?

 本作の主人公山田は、きっとあなたが想像するどんな人物とも違う。

 物語は「山田」が死んだところから始まる。山田は面白くて明るくて優しくて、2-Eの人気者だった。山田が死んで最初の登校日、悲しみに暮れる生徒たちに、担任の花浦が席替えを提案する。すると、スピーカーから山田の声が聞こえてきた。なんと山田は、スピーカーに憑依してしまったらしい。2-Eのみんなはスピーカーになった山田との時間を、時には学校のルールを破ってまで、精一杯に楽しむ。山田は本当にみんなに愛されていたのだなあ、素敵なクラスだなあ、とジーンとしていると、物語は進み、ついに終業式を迎える。2-Eのメンバーは3年生となり、クラスの場所も変わってしまう。
 あれ?ところで山田って、いつまでスピーカーでいるんだろう——
 ”死んでも終わらない山田の青春”は、一体誰のためのものなのか。クラスのため?それとも山田のため?

 私が本作を読んでまず最初に感じたのは、高校生たちの会話のおもしろさだ。本作は半分以上会話なのでは?と思うほど、とにかくみんなよくしゃべる。そしてどの会話も思わず声に出して笑ってしまうほど面白い。しかしそこに作り物のような違和感はなく、とてもリアルだ。まるで自分もその会話に加わっているような気持ちになれて、読んでいて楽しかった。

 しかし高校生たちの会話を楽しく読んでいたのも束の間、次第に山田の意外な面が見えてくる。切ないシーンもあり心がぎゅっとなったが、一方で、私は山田のことがわからなくなっていった。中学時代の顔や、クラスの外での顔、それぞれ一貫性がないように感じるのだ。まあでも常に一貫性がある人なんていないか、と思いながら読んだが、ラストでついに山田の本当の気持ちが判明する。今まで山田に感じていたちぐはぐさを繋ぐストーリーが現れる展開は鮮やかだ。このシーンにはミステリー小説の解決パートを読んだような興奮がある。

 また、クラスメイトもみんな個性があって面白い。それぞれに山田との思い出があり、山田に対する思いも様々だ。今回は中でも、登場頻度の高い「和久津」について話したい。

 和久津にとって山田は特別な存在だ。彼の人生の選択には、いつも山田の存在がある。物語の後半、和久津はある人生の選択をする。彼がその選択をしたのは、おそらく山田のため。私はそこで「和久津いい奴だな」と思う一方、「なぜそこまでする?」と少し怖かった。さらに「人生の選択、そんなに簡単に決めちゃって大丈夫?」と、おせっかいな母心も顔を出したり、つまり大変心がざわついたのだった。私は友達のために、ここまで変われないと思う。

 しかしその後、彼と山田が中学時代どんな関係を築いていたのかが明かされる。私はそれを読んでほっとした。和久津にとって、その人生の選択は自分のためでもあったのだと思う。友達との関係は、何が起こっても(相手が死んでも)、一緒に過ごした時間は変わらない。友情にとって無駄な時間などない。

 
 本作を読むと、自分が今生きていることや、生きてきた過去についての見え方が変わる気がする。私は本作を読んで、自分の過去を、今までより少しポジティブに眺めることができるようになったと思う。もしもこれから自分に絶望することがあったら、嫌いになってもいいけど大切にしようと思った。

 ラスト、山田はとんでもない熱量で物語をひっくり返す。死んだ山田に"最期"はあるのか?ぜひ最後まで読んで見届けてほしい。自分は今、ここで生きている!と実感できる、とてもパワフルな小説だ。

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