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仕事で泣いた。いつか、空で笑ってやる。

10年前の2012年3月18日、六本木の地下鉄ホームに私はいた。

クリニックに出勤する為に二日酔いで怠い身体を引きずりながら電車を降りた目の前に、ふと航空会社の広告が広がる。

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仕事で泣いた。いつか、空で笑ってやる。

「素敵だな」

と思い写真を撮った。

きっと、「サラリーマンやOLよ、仕事で辛い事があるかもしれないけど、お金貯めてマイル貯めて(うちの飛行機で)海外行ってリフレッシュしようぜ!」みたいな意味合いの言葉かもしれないが、私にとっては

「おとうふよ、お局達にいびられてグランドスタッフを逃げる様に辞めて、今の病院受付で幸せか?元々CAになりたかったんだろ?夢叶えて空で笑えよ。」と言われた気がした。


グランドスタッフ

グランドスタッフはなりたくてなった、と言うよりは、そこからしか内定が貰えなかったので就職した。当時のCA就職はかなりシビアで、大手航空会社にもなると採用枠が数十人と狭き門だった。散々対策したのに「今年は採用無し」もザラにあった。

住めば都ではないが3年勤めたグランドスタッフの仕事は誇れる仕事だった。けれど、CAを目指していた私にとっては全く違う職業だった。入社前「制服は一緒だから」なんて暢気に言っていた自分を罰したかった。

グランドスタッフの仕事は、体力的にも精神的にも辛い事が多かった。

朝は早いし夜は遅い。

空港は広く、ギリギリに現れた客と一緒に全力で走る。

乗れないとなると怒った客は、罵声と共に週刊マガジンを投げつける。

台風が発生したら対応に追われて帰宅出来ない。

雪が降っても対応に追われて帰宅出来ない。

2年目の終わりに、些細な事がきっかけでお局三人組に目をつけられる。

段々出勤するのが辛くなり、更衣室でスカーフが巻けなくなり泣きながら上司に電話した。

数日後電車から降りる事が出来なくて、そのまま折り返して帰宅した。

親にも話せず、「体調が悪いから」と伝えて2か月休職した。

学生の頃夢見た輝かしい社会人生活は、くすんだ療養生活となった。


そんな私を哀れに思い、16歳歳上の彼氏がプロポーズをしてくれた。

「そんな辛い仕事辞めてさ、お嫁さんになりなよ。」

25歳の私にとって結婚とは辛い仕事からの卒業であり、専業主婦への新たな入り口だった。働きたくない私は結婚に飛び付いた。精神疾患で辞めるより寿退社の方が体が良いとも思った。お局三人組に「お先に失礼あそばせ。」と心の中で呟いた。

退職後

しかし、人生とは上手く行かないもので、また仕事を探す事になる。勢い良く退職したものの、将来の旦那となる男からこう言われたのだ。

「結婚まであと一年あるし、何かしてくれないかな?アルバイトでも良いしネイルの学校に通っても良いし。うちの母親がフリーターっての気にするからさ…」

最後のひと言に違和感を感じたが、体裁を気にする人なのは分かっていたのでその言葉を受け入れた。

彼の言う通り、アルバイトでもネイル学校でも何でも良いと思い調べ始めた。しかし、自分でも意外だったが、働くなら正社員じゃないと嫌だなと思い始めたのだった。生活には困っていなかったが、責任を持って働きたいと思った。そこで六本木の病院受付に就職した。ニート生活は一ヶ月で十分だった。彼氏は私の意外な選択に驚いていた。

結婚後の変化

それからおよそ1年後に結婚した。

そこで私は恐ろしい事に気付く。

「私は結婚式を挙げたかっただけで、この男と結婚したかった訳ではなかったのかもしれない。」

そう気付くと気持ちの変化は恐ろしいもので、急に旦那が他人に思えた。自宅に帰ると42歳のおじさんがソファで寝ているのに嫌悪感を抱く。洗濯物を別にする。夜遅い時間に夕食を食べたくないからと理由を付けて、一緒に過ごす時間を減らした。寝室も分けて、彼がリビングにいる時間は自室にこもるようになった。毎日お酒を飲んで結婚生活から逃避した。

こうして結婚してから僅か半年で家庭内別居が完成した。

六本木駅にて

そんな明日への希望も仕事への意欲もない朝の六本木で、心を揺さぶる広告を見かけた。

仕事で泣いた。いつか、空で笑ってやる。

「素敵だな。」

と思い写真を撮った。

そして改札を抜けて地上に上がり、六本木交差点に出た時にこう思った。

「あぁ、そう言えば、私CAになりたかったんだった。何でこんな事になってるんだろう。何で好きでもないおじさんと一緒に生活して、何で毎日二日酔いになるまでお酒を飲んで、何で六本木にいるんだろう。」


そこから全てが変わった。


いつか、空で笑うために

あの日からもうすぐ10年が経つ。

夢が叶って4年経った頃、「そろそろ、空で笑えてるかな。」と思っていた矢先に例のウィルスで世界が変わってしまった。

空で笑うのはもう少し先になりそうだ。


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