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読書感想文 2020年の恋人たち

ネタバレ、あらすじありの読書感想文です。

タイトル  2020年の恋人たち
作者    島本理生
出版社   中央公論新社

繊細な心理描写、多彩な風景描写、人間関係に少しの謎を残しながら読み進めさせる巧みさ。
さすがに上手いなあと感心する。

物語の主人公葵は、アラサーの会社員。上司からも信頼され、しっかり者で人に頼らない強い女性である。
ワインバーを経営していた母が突然事故死したことから、オープン予定だった母の新しいワインバーが宙に浮く。
義理の兄から会社員の葵に経営することはできないと言われるが、葵は人を雇って自分で経営しようと考える。
葵が作った従業員募集のビラには「2020年の東京を、このお店で一緒に作りましょう」と書かれていた。

葵の周りには様々な男たちがいる。
同棲している港君は、葵の身勝手な行為に傷つき、ずっと引きこもっている。今では、同じ家にいながら扉を隔てて生存確認をするだけだ。結局、様々な事を葵のせいにして、勝手に出て行ってしまった。
母のワインバーの常連だった幸村さんは、バーの経営相談にも乗ってくれる人物で信頼していたが、男として葵に邪な想いを抱いていた。
有名雑誌の副編集長瀬名さんはセンスが良くて頼りがいのある大人だが、妻や他の恋人がいる遊び慣れた人物だ。
近くのお店の海伊さんは、真面目に葵を愛しているが、古い日本男児のような考え方に違和感がある。結婚を意識してスペインに婚前旅行に行くが、やはり結婚相手ではないことに気づく。
従業員として採用した松尾君とは、よいコンビだ。
葵の義妹、瑠衣に気があった松尾君だが、瑠衣は葵の上司と結婚する。登場シーンはあまりないが、最も常識的で人間的にできた人物として描かれる葵の上司は、理想の結婚相手なのかもしれない。
コロナ禍のワインバーを懸命に維持しようとする葵と松尾君。自分が店の為に役立っていると思えることが、松尾君にとって生きると言うことなのだ。
最終的に松尾君は葵とルームシェアし、一番傍にいる人間となるが……
結局、葵はどの男性とも一緒にならず、新しい恋人を見つけるが、この相手とも短い恋であるように思わせて終わる。
まあ、とにかくモテる女性なのだ。こんなにモテると男がうざったくなるだろうと思えるほど、モテる。モテた事のない私は、こんな風な出会いは小説の上だけだろうと思うけれども、案外リアルなのかもしれない。

そして葵の周りの女たち。
ワインバーを経営しながら、愛人という立場を続けた母、果乃。
お嬢さん育ちだが、夫の犯罪行為で離婚した義理の妹、瑠衣。
松尾君の知り合いでセレクトショップ店長の芹。
離婚を考えている叔母の弓子。

芹と葵の女同志の会話が面白い。
葵が瀬名との恋に踏み出さない理由を「始めなければ戻れる」と説明すると芹は「戻れることなんてない」と言う。
芹は恋愛するのが怖いと言う。その理由は、相手の事を好きじゃなくなる日が来ることが怖いと言う。全身で信じてた感情が消えることが怖いと。だから身に着ける指輪の様な形あるものが好きだと言う。
芹は恋愛なしでも生きていけるのだろう。でもペットのフェレットを愛しているから、”愛”は必要なのだ。

離婚を考えていた叔母の弓子は、自分は結婚生活に向いてる人間だと言って離婚を取りやめた。人其々なのだ。

とにかく、性格も環境も年齢も様々な人間が、生き生きと描かれていて興味深い。島本さんの観察眼にさらされている周りの人間たちのエッセンスが、登場人物に少しづつちりばめられているのではないかと感じられた。
同じ光景でも、その時の気持ちの持ち方で見え方が違う。
そんな、心と光景の描き方が本当に上手いなと思う。

私には縁のない都会の洒落た光景やおいしそうな料理、お酒の飲めない私にはわからない様々なワイン。
憧れを持って読み進めながら、平凡で変化のない自分の人生が少し寂しくなった。

葵は人との様々な関りの中で、傷つき、学び、自立した人生を歩もうとする。きっと、葵は「男性との自由で対等な関係」を築くことができる相手を探し、これからも彷徨い続けるのだ。

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