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建築設計で反射や吸音のことをいつから考え始めたと思いますか?

反射や吸音の起源とは?

 最近、内装の材料に吸音材が少なく、アナウンスが聞きにくくなったり、騒がしくて不快な場所も場合によっては生まれることがあります。吸音は建築の音環境を考える上で重要な設計要素ですが、それでは建築設計で「反射や吸音」のことを考え始めたのはいつごろからでしょうか?
 「反射や吸音」は、紀元前550 年に誕生したピタゴラス音階に次いで2 番目に古い歴史を持っています。紀元前50 年、建築家Marus Vitruvius Polio が書いたThe Ten Books on Architecture*)のBook Ⅴの劇場の章で、「反射や吸音」が必要であることが記述され、音響の専門家が誕生するはるか昔から建築家が音響のことを配慮した設計を行っていたことがわかります。この本は建築設計を行う人に対する指導書のようなもので、公共空間、住宅、教会など、各種施設ごとに設計を行う上で注意しなければいけないことが具体的に書かれています。
 劇場における音響の目的は、舞台から発する音が明瞭に、心地よく観客に届くように設計する必要があると書かれています。そして、これを実現するために、音は前の座席や障害物によって減衰するので、客席の床は傾けて客席から舞台を直接見えるように設計するように書かれ、音は球面状の波(ギリシャ時代の人たちは声が球面波として空気中を伝搬することに気が付いていたようです)として上方にも左右にも広がるため、図1 で示すギリシャ劇場のモデルが誕生しました。客席の形状は舞台を中心に半円形の形状でデザインされ、客席は前の座席によって音が妨げられないよう急な段床に沿って設置されています。

図1 ギリシャ劇場のモデル*)

 この基本形状は明瞭性が必要な施設で参考にされ、19 世紀に建てられたハーバード大学の講義室もこの形状をモデルに設計されました。多くの大学の階段教室と呼ばれる講義室としてもよく見かけると思います。建築家の間では声が明瞭に届く形状としてVitruvius の指導書が現代まで伝承されてきたのでしょう。
 「反射や吸音」についても、図1 の円形の客席形状の反射から生じる舞台へ戻る反射音(エコー)は注意する必要があり、エコーがあると音がダブり聞き取りにくく、明瞭ではなく、不快になることもあると書かれています。現代の人の室内の音に対する感覚と変わりません。

音の壺

 このようなエコーが生じないようにするための対策として使用していた青銅製のSounding Vessels(音の壺)について書かれている一節があります。ここで書かれている音の壺は、図2 のように、段床の踊り場にある客席の後ろに設置され、音階と関連した周波数に分けて設計された音の壺を客席の規模に応じて客席全体に均等に配置されていたようです。この音の壺は吸音か残響付加か?考古学でも音響的な検討をしている論文もあり、未だ結論が出ていません。諸説の中には、客席立ち上がり壁で反射する音を減衰させ、客席に入射した音を吸音する材として機能していたのではないかというものもあります。この壺は歴史的に最も古い吸音・反射材料と考えられています。

図2 Sounding Vessels(音の壺)**)

 この音の壺は、後に教会や大聖堂の壁に埋め込まれたガラス瓶の逸話につながりますが、音の壺の音響的原理は共鳴効果で、現在も吸音材としてよく使われている有孔板の原理と変わりません。音の壺の発展したものが有孔板なのです。
 この本を読むと、吸音は紀元前から室内の不快な反射を取り除くために必要とされ、建築家が形状を設計する中で自ら考えられてきたことがわかります.。興味のある人はMarus Vitruvius Polio “ The Ten Books On Architecture”
を読んでみてください。古代における吸音の目的や工夫を知ることができます。

 このように歴史がある「反射や吸音」の設計を、現代の建築でもきちんと考えたいですね。

*) M. Vitruvius, “The Ten Books on Architecture”, 1st century BC,translated by Morris Hicky Morgan
(Harvard University Press,1914), reprint by Dover Publications,New York, 1960
**) M. Vitruvius, “Ten Books on Architecture”, Translation by Ingrid D.Rowland, Cambridge University
Press, 1999

                             (清水 寧)

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