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療養記録(20220728-0810)

7月28日

夫、仕事おわりに発熱
夜遅いが、急いで関係者に連絡して、とりあえず明日・あさっては全て仕事を休みにすることを告げる。
間の悪いことに、電子レンジがこわれ、キッチンのライトが点かなくなり、真っ暗である。その上洗濯機から異音がする。呪われている気がする。

7月29日

夫受診、陽性、保健所からの連絡待ち
家族全員濃厚接触者だと言い渡され絶望する。83日まで自宅待機と。急いでイオン東北のネットスーパーの登録をするが上手くいかない。本部のコールセンターに電話をするがらちが明かず、地元の店舗に直接電話するよう言われる。地元に電話すると今度は、本部に電話しろと言われる。しかし食い下がって、濃厚接触者なので本当に困っていますと泣き落としに出てみたら事態が動いて、裏技を教えてもらえた。住所が「配達区域外」なので、配達できないことになってしまうが、住所を「店舗」に登録して、「取りに行く」モードで注文するとよい、とのこと。
電子レンジがないと生活が回らないので、急きょ近くの電気屋さんに注文する。しかし半月くらいかかるので、代わりの品をレンタルしてくれることになった。そしてすぐ来てくれた。神!
キッチンのライトは、犯人の一本だけ外してみたら、点いた!しかし電球を買いに行くことはできない。薄暗いが我慢。
洗濯機は、なだめつつ使い続ける。

7月30日

Day2施設へ入る
ネットスーパーから電話。濃厚接触者なので直接手渡しできないから、商品をここに置いとくから持って行ってね、と。この柔軟な対応に感謝。
この日は義父の誕生日だったので、必死でネットで注文したケーキをみんなで食べる。恒例の誕生日ソングもちゃんと歌ってから。その動画を撮って、夫を励ますために送る。今思うと、このとき油断して全員マスクを外していた。。。救いなのは、義父母はキッチンにいて、私と子らは続きの居間にいたということだ。

7月31日

Day3
ネットスーパーが、2度目以降、カード決済のPWロックがかかってしまった。今後は夫のカードを使う許可をとる。病人のカード...()。今度は店舗に取りに行くのではなく、無人ロッカーに取りに行くシステムを試す。うまくいった。
夜は高校生に解説してもらいながらFujiRockFesを見る。肩が凝ってるので高校生に肩甲骨はがしを手伝ってもらった。肩ももんでくれた。こいつは本当にいい奴だ。小学生と義母もおもしろがってみんなで肩甲骨をはがす。楽しい夜だった。
私が何気なしに熱をはかったら、37.4。。。そういえばコホンと忘れたころに1つ咳が出る。いつも私と一緒の寝室で寝る小学生には、居間で寝てもらう。しかし寂しがったため、高校生が隣で寝てあげたことが翌朝わかった。繰り返すが、こいつは本当にいい奴。

8月1日

妻受診 / Day4
朝1で保健所に電話。夫とは違う病院を指定されて行ってきた。偶然かかりつけ医であった。「15分くらい待ってくださいね」と言って院内に消えた、いつもの優しい先生が、1分で戻ってきた。きれいな陽性がすぐ出たみたい。絶望する。急いで帰って昼飯と夜飯をつかんで職場へこもる。
家を出る直前に、義母に私の陽性を伝えたら「最悪だ。おじいさんになんと伝えたらいいのか。もうあなたたちはアパートに住んでもらう」と言う。小学生と高校生もそれを聞いていて、皆で黙ってしまった。義父母は後期高齢者なので、気持ちはわかるが、病人の具合をたずねもしないでそれを言うのか...と凹む。
急いで家族4人のLINEトークを構築する。私名義のiPadを小学生に持たせる。いきなり使いこなして、「寂しいよぉ」という音声を投稿して涙をさそう。それでも一人で寝てもらわないといけない。
義母の言ったことがショックで、夫に相談したが、「びっくりしたんでしょう、やはり。冗談かもしれないし」という。そう思うことにする。普段は本当に尊敬できる、優しいひとなのだ。
熱は38℃台まで上がる。

8月2日

Day2 / Day 5
図書館の無人boxに本を返す。オープン時間になるとboxが閉まっちゃうので、非対面で返却するために早起きした。義母がおにぎりとトマトを持たせてくれた。朝から職場にこもる。食欲がわかない。お弁当を無人ロッカーで買って、家に配達してまた職場に戻る。112時間は家にいない作戦をとる。小学生のころから子どもを、簡単な朝食の卵焼きや、休日のパスタやラーメンを、自分で作れるように育てておいてよかった。
昨日小学生が寂しがったので、ランチはzoomしながら食べた。トマトがのどの左側にしみるので食べられない。でもおいしいから無理して食べる。ひとセキごとに喉が切れる思いがする。夫の施設の室内が見られてけっこう新鮮。小学生、少量の鼻水とせきがコホンと1つ出る。あやしい。
夜中に帰って風呂につかって寝る。喉が痛すぎる。でももう熱は37℃台まで下がる。

8月3日

高校生受診 / Day3 / Day 6
ノドが痛くて夜中に何度も目が覚める。横になっていられず、布団を積み上げて壁にパラマウントベッドみたいな物体を作って寝た。朝は大雨警報で飛び起きるが、眠すぎて二度寝した。小学生がおにぎりを握ってお子様モーニングを作ってくれてあった。嬉しい。
友だちが、大雨のはざまに差し入れを職場のドアのそとに届けてくれた。モスの福袋の受け取りもしてくれた。ありがたくて涙でる。
昼に高校生が発熱していることに気づく。午後、保健所に相談してから受診。薄かったが陽性。状況から見ても明らかだろうと。薬はノド用だけ。
お寿司を全員分ネットで買ってあったので、ロッカーでpickupして家に届けたあと、職場へ戻って高校生を連れて行って景気よく食べたが、しょうゆを忘れた。塩で食べた。案外うまいねと言いあった。
夫に愚痴る。あなたの母親ですよ、と思い、療養所に入ってしまえば何もできないからずるいよな、とまで思ってしまった。でも言わなかった。代わりに「家に電話して直接義母と話してほしい」とお願いした。すぐにしてくれた。やっぱりずるい人ではなかった。言わなくてよかった。
保健所からの電話で、「もうこれ以上やれることがないのに義父母にうつさない自信がない、ゲホゲホ」とせき込みながら「レンタルトイレを貸し出ししてほしい。それさえあれば庭にテントを張って隔離できる」とまで言ったら、すごく親身に聞いてくださった。お母さんほんとうによくやってますよ、そのやり方でばっちりですよ、そのまま続けるだけで大丈夫、ご自身も熱があるのに本当に立派です。涙がぽろぽろ出て止まらなかった。泣いたらすっきりした。
義母のことばについて高校生と小学生とも話し合ったが、二人とも私のようにショックを受けていた。そんな人じゃないのにと。コロナへの恐怖は人を変えてしまうんだろうか。
熱は37℃台。ほんと、私だって熱があるのに1日に職場と2往復して、子どもを病院に連れてって、療養する時間なんて全然ない。

8月4日

小学生受診 / 高校生Day2 / Day4 / Day 7
朝、小学生がおにぎりを準備してくれたが、のどが痛いと言う。「こまめに水を飲まないと苦しみ」「セキだんだん出てきた」とLINEに書き込む。食欲はある。熱を測ると37.3。出てしまった。。。
そして今日も保健所に相談して受診。出がけに長袖長ズボンに着替えるので、「この真夏日に?」と問いただすと寒いという。車中でみるみる元気を失い、ぶるぶる震え、高熱が出てきた。さすがにみなし陽性となった。先生も苦笑いって感じで、本当に申し訳ない。薬ももう出ない。
職場にその足で小学生を連れて行って寝かせる。苦しんでごろごろのたうち回る。体温計がないが、あきらかに39超えだ。氷もないので、自販機で冷たい飲み物をふたつ買ってわきの下に挟んだ。起きたときカロナールを飲ませた。
保健所から初めて男性の電話がきた。この人も落ち着いた丁寧な人だった。3時間ほど眠った小学生は、夜にはもう37台に下がっていた。
高校生の熱は36台。治るの早っ。私も36台になった。喉は相変わらず切れるように痛く、酸っぱいものと辛いものが食べられない。

参考サイト:
高山義浩医師
https://news.yahoo.co.jp/byline/takayamayoshihiro/20210831-00255883
岩田健太郎医師
https://twitter.com/georgebest1969/status/1552801051736408064?s=21&t=VT1AENx5FnXE4WcVqmYo3A

8月5日

小学生Day3 / 高校生Day3 / Day5 / Day
発症日をさかのぼったら、小学生と高校生が同じ日だったことがわかって興味深い。こども全員かかってしまったら、看病がシンプルになって、気が楽になった。妙なものだ。
薬もないので、私の薬を一緒に小学生に飲ませている。
朝から二人に宿題を持たせて、職場にこもる。カセットコンロと鍋も持ち込んでレトルトを温めたので、ちょっとしたキャンプ感まである。明日から職場が使えなくなるので、自宅で義父母にうつさず療養する作戦を考える。
のどの痛みは相変わらずで、唾液ですら飲み込むごとに痛いが、痛みはピークの8割くらいになった。
家に帰ったら、生協で頼んでおいたパンが、近所の猫に引きずり出されてくわれていた。玄関の前の残骸に唖然とする。
もう一つ唖然としたことがある。今日実は義父が4回目のワクチンに予定通り行ってきたと言う。「え、まだ明後日まで濃厚接触者だから外には…」
「やってねが(いいでしょ)。症状もないんだし黙っていけば。マスクの消毒はちゃんとしたよ。そもそもコロナにかからないために良いことしに行くんだから」
「...…」
唖然。

86
小学生Day4 / 高校生Day4 / Day6 / Day9
義父母が食事をしている間は、我々は個室から出ない。
終わったら食事に行く。
義父母が風呂を済ませたら、我々が風呂に行く。
そんな風に完全に時間をずらして、一日ピリピリしながら暮らした。
トイレだけはどうしても、行きたい時に行かなきゃならないので、特別に消毒ウエットティッシュとゴミ袋を設置して、自分が出た後この五ヶ所を拭いてね、と子どもたちに徹底する。
体温は、もうずっと36℃台なので特に書いてない。
高校生は、トレーニングに外へ出かけた。畑の中のいつものコースを走る。田舎なので誰にも会わない。ところが、いつもの調子は出なかった…と帰ってきた。そりゃそうだろう、体調崩してんだから。少しずついこう。
小学生と私も、涼しくなった夕方散歩に出た。自販機まで行ってジュース買ってこようよ、と誘ってみた。少し小走りになるくらい、子どもは元気だ。おととい39℃出た人には思えない
😅
でも、毎日食欲がでないので、少しくらい運動しないとどーにもならない気持ちもよくわかる。
二人ともノドは痛いらしいが、私が一番痛いことが判明した。私のノドの左側は、外から触ってもまだ痛い。それでもピークの3割程度になってほっとしている。

8月7日
小学生Day5 / 高校生Day5 / Day7 / Day10
二度目の県からの荷物が届いた。クロネコから電話で「玄関におきましたよー」と起こされた。中身はもう分かっているけれど、ちょっと嬉しい。お菓子のラインナップが前回と微妙に違って、小学生がぜんぶ並べてホクホク顔で数えていた。
夫が帰ってきた。療養先から帰ってきた。明日から仕事だから、またすぐ準備に出かけてしまったけれども、その不在も昨日までの不在とは全く違う。かなり嬉しい。1週間ぶりにビールを飲むというから、付き合った。
今日も小学生を誘って夕方の散歩に出た。自販機で抹茶ミルクを買う。

8月8日
小学生Day6 / 高校生Day6 / Day8
今日も散歩した。別の道を行ったら道に迷って、お化け屋敷みたいなルートを這々の体で帰ってきた。あんな道があるなんて知らなかった…。
私はアレルギーの症状が出てきたので、通常の体にほぼ戻ったんだと思う。しかし咳が残る。子どもたちはほとんど回復。薬のことを忘れるほどに。

8月9日
小学生Day7 / 高校生Day7 / Day9
朝から大雨で何もできない。つまらないし腹も減らない。
夕食の残りをもらいにいくと義父母と鉢合わせたので世間話する。
「この分ならお義母さんお義父さんは、うつらないで済んだみたいだね。よかったね」
「よかった。本当に。でもこのことは周りには言ってにゃった(言ってないのです)」
「え?どーゆーこと?」
「●●(夫のこと)だけがかかったことにしてある。恥ずかしーして」
「……」
何が恥ずかしいのだろう。ショックで言葉が出なかった。私はむしろ、後期高齢者の2人にうつさないで済んだことが誇りですらある。家庭内できちんと隔離生活できた実績として自信さえついた。
寝る前に夫に話したら、やはり「恥ずかしい」という気持ちがわからないと言っていた。
子どもたちにも念のため伝えた。義母から後々コロナに罹っていたことを口止めされたりしたらショックを受けるので。
嫁姑のトラブルなく16年も暮らしてきた我が家でさえ、唖然とすることがまだまだあるもんだ。コロナが膿み出ししてくれたのかもしれない。あるいは今後訪れる介護シーズンへの慣らしか。

8月10日
小学生Day8 / 高校生Day8 / 妻Day10
もう書くことは無くなったので、この日以降の記録を忘れていた。
これは後日かいています。
無事に日常生活に戻りました。

一年以上たった今、おかげさまで後遺症もなく、家族全員元気な日々です。
【おしまい】




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