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【声劇シナリオ】鬼手紙の季節

内容

◆ファンタジー│和風│手紙│
◆文字数:約3600文字
◆推定時間:20分

登場人物

◆豆吉:人
◆米根:鬼

スタート


豆吉:空気が冴え渡り、星の煌めきが一層美しく感じられる頃、米根先生に置かれましては壮健でいらっしゃいますでしょうか。以前の手紙に依頼されました通りの物をこの手紙に添えております。しっかりとした装丁のものですから丈夫には違いないでしょうが、どうか大切にお使いください。長く使うことになるでしょうから。先生の新しい俳句を楽しみにしております。

豆吉

米根:俳句とはなんだ? この本はなんだ? 詳しく手紙を寄越せ。さすれば俳句とやらも送ってやろう。

米根

豆吉:梅のつぼみが春を知らせる季節となりましたが、先生はお変わりないでしょうか。
私の手紙が先生に届くのもこれで十通目。届くに約一年と飽きられる様な時間にも関わらずを毎年新作の俳句をありがとうございます。ところでどうでしょうか。俳句を一つといわず十ほど纏めて送っていただくというのは。良いお返事をお待ちしております。

豆吉

米根:しっとりとした空気に緑の香りが漂う初夏の候、ねっとりとした心遣いに感謝している。しかし、俳句は一つのみ送る。足るを知る私の生活を君も学ぶといい。この拙宅[せったく]にも“たる”の中での楽しみがあるのだ。良い塩梅だから君にも送ることにする。

樽の梅
へた取り転がし
ザルの中

米根

0:手紙と共に梅酒が送られた

豆吉:しばらく、東京は大きな炎に見舞われておりました。お手紙が途絶えて申し訳ありません。米根さんはご壮健でしょうか。お返事、お待ちしております。

豆吉

米根:雨に萌ゆる緑が風情を漂わせる季節となり、以前の君の手紙を思い出しました。私の住む場所に炎は届いてはいない。君の周りに緑は足りてますか? 足りないものがあれば言いなさい。あるものならば送ります。いくら字が変わろうと君が私の監督者であることは変わらない。その責任を放棄されては困るのだから。

梅雨明けど
傘を干しても
風寂し

米根

0:たくさんの野菜が添えられていた。

豆吉︰冬のひだまりがことのほか暖かく感じられる寒冷の候、米根先生におかれましてはまだまだご健勝のことと存じます。私も健康には事欠かない次第ではありますが、先の大戦の痕が故か、脳ミソがカラカラと音を立てて鳴り止まぬのです。手紙が遅くなったことはそれが所以。お詫び申し上げます。しかし、先生の遅刻癖が許された訳ではありません。早く次の句を送るようお願いします。

豆吉

米根︰春光天地に満ちる春陽の候、豆吉君におかれましてはきっとご健勝のことと存じます。しかし、この季節となったからには日中の温度差に気を抜けない日々ですね。気を抜けないはずなのに、この春のぬくとい風が眠気を誘うのだから厄介なものです。北風も太陽と手を組むのが悪巧みに良いと気がついたのでしょう。新作を送ります。ただし、一つだけです。次もすぐに送りますから、しっかりと待っていなさい。温かな風が吹きますように。

七草や
日を重ね待つ
温き風

米根

0:薬草が添えられていた。

豆吉:小春日和のうららかな季節、この日差しが先生にも届いていらっしゃるでしょうか。毎年先生から届く句と野菜は私を元気にしてくれます。大戦の病から二十年も生きられたのは先生が活力を分けて下さったおかげでしょう。しかし、そろそろ字を変えなくてはならなくなりそうです。来年からは拙い文字を送るかと思いますが、どうか浅学菲才の豆吉を導き諫め監督してやってください。ところで、先生からいただいた野菜はやはり美味しいですね。今日も家族皆笑顔で食べております。四十年分のお返しにはとてもなりませんが、稚拙な句と一緒にお送りします。

切り揃え
薄くにやりと
鈴南瓜

豆吉

米根:星空が美しい日々が続きますが、君は元気でいらっしゃるだろうか。夜空の星つぶが一つ増えようとも私の生活が変わることはない。美しさにももう慣れたからだ。ただ私も人のように浮き沈みを理解した。自身の心を掌握する術を学んだのだ。しかし、心を握ると不思議と胸に風が通る。如何に熱く握ろうと私の拳には隙間が生まれ、胸を冷やすのだ。この風は君の里が元だろう。君に責任がないとはいえ、腹立たしい限りである。しょうがない奴め、何を笑っているのか。当然のように腐っていた。酸っぱくて涙が出た。いずれ温かな場所で会いましょう。

豆粒が
枯れ木星の間
去り流れたる

米根

0:手紙は滲んでいた。

豆吉:米根さん。こんにちは。お元気ですか? 私は元気です。勉強も毎日しているので、難しいことも知っています。漢字もよく勉強しています。お母さんも手伝いも頑張っています。米根さんは山奥で暮らしているから大変そうですが、頑張ってください。いつも野菜をありがとうございます。カボチャが大好きです。

豆吉

米根:お正月が近く、町の大人はあわてて準備をする季節になりましたが、豆吉君は元気にしていますか。君は優しいからお母さんの手伝いも頑張っていることだろうね。ぜひその良い行いを続けてください。野菜を食べてくれて私もうれしいです。お手紙待ってます。どんな内容でもかまいませんよ。

年の瀬の
鍋の具材は
なんだろな

これは俳句という言葉遊びです。

米根

0:綺麗などんぐりが添えられていた。

豆吉:米根さん。年に一度の手紙のやり取り今年も楽しみにしていました。ただ今回ですが、相談に乗って欲しいことがあるので聞いてください。私は今いじめられています。隣に住んでいる友達にです。去年までずっと一緒に遊んでいたのに、中学生になってから遊んでくれなくなりました。無視されてしまいますし、悪戯されて笑い物にされることもあります。私はまた彼(彼女)と仲直りして遊びたいのです。一緒にカラオケに行きたいです。カラオケとは大きな声で歌っても怒られない場所のことです。彼(彼女)はとても綺麗な声をしています。私は仲直りできた時のためにギターを練習しています。まだまだ下手ですけど、私のギターの音で歌って欲しいと思っています。お返事待ってます。
追伸、今年の俳句も楽しみにしています。

豆吉

米根:秋空にいわし雲が浮かぶ季節になりましたが、君に置かれてはご壮健にてお過ごしのことと存じます。ただ君のその胸中を曇らす一点の解決については天に任すほかないと言えるでしょう。人の心は秋の空と同じくうつろいやすいものと聞きます。私の方からも君の友達の空が晴れることをお祈り申し上げます。友達の視界に時々入りながらも声をかけられない場所で見守ってあげましょう。

染めあへぬ
尾のゆかしさよ
秋茜

米根

0:真っ赤な紅葉が添えられていた。

豆吉:庭に咲く梅の木が満開となりました。亡き父が生まれるより前からある物と聞いておりますから、きっと先生にも縁のある木なのではないかと思い、この木を見る度に先生のことを思い出します。さて、私事ではありますが、先月子どもが産まれました。可愛らしくいつまでも抱いてあげたいのですが、寝かしつける時は私はギターを抱かねばなりません。私も歌を練習しておけばよかったと後悔しております。そして、この子には俳句を学ばせたいと思っております。実は私、先生に手紙を送るたびに字を綺麗に書けるようになっておけばよかったと、恥ずかしがりながら出しておりました。いずれ先生に恥じない文字を書くようになりますので、今後も豆吉をよろしくお願いします。

豆吉

米根:稲田の波打つ金色の季節、君達もこの様に眩しいほどの光を放つ中であるのだと思いを馳せながら景色を見ます。もう私もそのような年齢なのです。間も無く私の魂は炎と共に天へと昇りそして舞い戻ります。その時私は記憶を新しくしているでしょう。君との手紙のやり取りのおかげで、楽しく過ごせた。鬼の身なれど人になれた。
幸せだった。
ありがとう。
一つ頼みがある。長年俳句と野菜を送った礼として、新しい辞書を送ってくれないか。丈夫な物がいい。長い間使うことになるから。私の次の手紙は、また、豆吉君が監督してくれ。よろしく頼む。ついでに梅の苗木も贈っておく。よろしく頼む。

穂の香り
日が差す夢に
残す思い出

米根

0:梅の苗木が添えられていた。

豆吉:近所の桜のに蕾が実りました。米根先生はお元気でいらっしゃいますか?以前の手紙に依頼されました通り、辞書を手紙に添えて送りました。しっかりした装丁で丈夫とは思いますが、長く使うことになるので大切にお使いください。先生の新しい俳句を楽しみにしています。

豆吉

0:分厚い辞書が送られてきた。

米根:俳句とはなんだ? 詳しく手紙を寄越せ。そうすれば俳句とやらも送ってやる。

米根

豆吉:梅の蕾が膨れるのを待つる今日この頃、米根先生はお元気でしょうか。ご質問にお答えします。俳句とは五文字、七文字、五文字を基本に文を作る言葉遊びです。例を送ります。こんな物です。私は下手くそですが頑張って作りました。お返事待ってます。

ポタージュに
ベーコン添えて
幸せね

豆吉

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