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【声劇シナリオ】スナイパーズゲイズ

内容

◆戦争│近代│残酷
◆文字数:約7000文字
◆推定時間:30分

登場人物

◆ヴァイン:生きて帰りたい兵士
◆ブロート:優秀なスナイパー

スタート


0:◯小高い丘・草陰
ーー草陰に隠れてブロートがスナイパーライフルを覗く。
ーー隣でヴァインが双眼鏡を覗き、向かいの山を見張っている。
ヴァイン:クマゲラの高く叫ぶ音が反響した。
ヴァイン:雪が反射し白く明るい。全てを白日の下にさらすような快晴。
ヴァイン:嫌な天気だ。
ヴァイン:一台のトラックが山道を通るのを見つけた。民間の姿だが情報によれば、敵軍将校が乗っているはずだった。双眼鏡で運転席を見る。軍服ではない。しかし、姿勢から緊張が見て取れた。
ヴァイン:「きた」
ブロート:「了解」
ヴァイン:俺も彼も口数は最低限で済ませる。
ヴァイン:「タイヤを狙え」
ブロート:「了解」
ヴァイン:集中ーー。目を凝らす。
ヴァイン:彼が、息を止めるのがわかった。
ヴァイン:「撃て」
0:ーー銃声。
ヴァイン:硝煙の匂いを靡かせ、車は横転した。

【タイトルコール】スナイパーズゲイズ

ーー横転した車を油断なく見張る二人。
ブロート:「待つか?」
ヴァイン:「待とう。俺は死にたがりじゃない」
ブロート:「運転手は?」
ヴァイン:「動いてはいない」
ブロート:「撃つか?」
ヴァイン:「まだだ。おそらく、まだ位置は把握されていない」
ブロート:「出てくると思うか?」
ヴァイン:「こちらの手がスナイパーだけだとは思っていないだろう。今すぐなら裏をかこうと動くかもしれない」
ブロート:「通信で味方を呼んでるんじゃないか?」
ヴァイン:「お前はその方が嬉しいだろ」
ブロート:「嬉しい?」
ヴァイン:「スコアが稼げて。どうだ?」
ブロート:「殺した人数のことか?」
ヴァイン:「お前らはそればかりだ」
ブロート:「他のスナイパー共の話だろ? 俺は自慢した覚えはないぞ」
ヴァイン:「他のスナイパーよりもお前の方が殺している」
ブロート:「100人くらいだろ」
ヴァイン:「117人だ」
ブロート:「なんだ? 半分ほしいならやるぜ」
ヴァイン:「イカれ野郎が」
ブロート:「お前もイカれたいならチョコでも舐めてな」
ヴァイン:「ドラッグなんて俺は必要ない」
ブロート:「意識低いねえ。自分だけはまだイカれてないって?」
ヴァイン:「うるさい、人殺しめ」
ブロート:「まあ、いいけど。俺もお前のお陰で生きてられるし」
ヴァイン:「俺は無理やり徴兵された。お前とは違う」
ブロート:「どうも。才能あるお前が嫌々徴兵されて感謝してる」
ヴァイン:「くそが……」
ブロート:「……動きは?」
ヴァイン:「もう少しだけ待て」
ブロート:「了解」
ヴァイン:「…………運転手の口が動いている」
ブロート:「撃つか?」
ヴァイン:「あと少しだ……」
ブロート:スコープを覗くと不思議と気配を感じる。自分がいないはずの向こう側の感覚が伝わってくる。敵の緊張感、ストレス、熱、感情。殺人という異常事態が発達させた特殊な共感覚。
ブロート:次の瞬間にはガラスの反射を利用して索敵を始めるはずだ。
ブロート:見えた。
ブロート:光が反射している。汚していない。素人の真似事だ。
ブロート:3、2、1……
ヴァイン:「撃て」
0:ーー銃声
ブロート:飛び出した瞬間、それは倒れた。
ブロート:弾丸が肉を貫く感触が指にまで届く。
ブロート:小綺麗な将校の服がもがいていた。敵だ。
ブロート:僅かに息を吐き出し、照準を頭部へ。
ヴァイン:「撃て」
0:ーー銃声
ブロート:「殺した」
ヴァイン:「よし。あとは運転手か」
ブロート:目を移すと運転手はコチラを見ていた。目があった。
0:ーー銃声。
ブロート:「殺したぞ」
0:ーーブロートは息を吐きながら銃身を下げる。
ヴァイン:「……なんで、指示もなく撃った」
ブロート:「……なんだよ。どうせ殺すだけだったろ」
ヴァイン:「俺の指示で撃つのがルールだったろ」
ブロート:「お前の思い込みだろ。死ぬ前のカボチャと目があったからってヒステリーを起こすなって」
ヴァイン:「狂人が。お前のせいで俺まで頭がおかしくなりそうだ」
ブロート:「もう随分おかしいだろ。目があったくらいでなんだ」
ヴァイン:「目があったくらいだと! あいつは俺を見ていた! 恐怖と憎しみの全てを俺に向けていた! なんでお前の代わりに俺が……あの目で見られなくちゃいけないんだ!」
ブロート:「カボチャがお前に見とれてるおかげで、俺は安全に撃ち抜ける」
ヴァイン:「貴様っ……げほ」
ブロート:「早くおかしくなっとけよ。こんな地獄で正気の沙汰でいる方がおかしい。……ほら水、飲めよ」
0:ーーブロート、ヴァインに水筒を投げつける。
ヴァイン:「くそ」
ブロート:「どうせだ。いいかげんチョコも食っとけ」
ヴァイン:「いらん……」
ブロート:戦争とは奪い合いだ。
ブロート:そして戦場では全てが奪われていく。
ブロート:地獄だ。命も尊厳も奪われ、我々は人間ではなくなる。
ブロート:取り返そうとしても、それは全て殺人だ。
ブロート:血で血を洗い続ける、血みどろのナニカしかここにはいない。
ブロート:もう誰も、人間には戻れないだろう。
ブロート:自分の正気を疑いもせずに。

0:◯市街戦・物陰
0:ーー敵分隊を隠れて狙う二人。
ヴァイン:「ごほっ」
ブロート:「……おい、今日咳が多くないか?」
ヴァイン:「硝煙が酷いせいだ。市街戦はこれだから嫌なんだ」
ブロート:「水飲んどけよ。咳でばれるなんて笑いもんだ」
ヴァイン:「分かっている……」
ブロート:「誰から撃つ?」
ヴァイン:「……将校、スナイパーは後だ」
ブロート:「了解……」
ヴァイン:「…………撃て」
0:ーー銃声。
0:ーー敵将校が倒れ、敵は散り散りに身をかがめ索敵を始める。
ヴァイン:「……クソ、俺を見るな……撃て」
0:ーー銃声。
ブロート:「チッ……外した」
ヴァイン:「一人、足を撃て」
ブロート:「オーケー」
0:ーー銃声。
0:ーー銃弾は敵兵の膝を貫通し、僅かに悲鳴が聞こえる。
ヴァイン:「逃げるぞ」
ブロート:「……了解」

0:◯市街戦・逃走中
0:ーー瓦礫の町を移動する二人。
ブロート:「逃げるために足を撃つなんてな」
ヴァイン:「俺は死にたがりじゃない」
ブロート:「本当にな。あの程度なら、殲滅戦張れよ」
ヴァイン:「それはスナイパーの仕事じゃない。死にたくないのがそんなにおかしいか」
ブロート:「ああ、おかしいね。分の悪い状況でもなかった」
ヴァイン:「お前が外さなければな」
ブロート:「どうだか」
ヴァイン:「何が言いたい」
ブロート:「スナイパーさえ確実に仕留めたら、安全に他も片付けられたろ」
ヴァイン:「将校を仕留めたなら深追いする必要はない」
ブロート:「頭なんてどれも代替品だろ。どうせ弾の数だけ撃ち込んでくる。まあ、どっちもいくらでも補充されるだろうがな」
ヴァイン:「だったら、変わらないだろ」
ブロート:「生きてこそって話なら同意するが、手の内(実力)を晒したままにするのはリスクが高い。いいかげん狙われるぞ」
0:ーーヴァイン、何かに気が付き表情を曇らせる。
ヴァイン:「……さっきのスナイパーが追ってきている」
ブロート:「へえ、視線か? 相変わらず敏感なことで」
ヴァイン:「拠点に戻る前に始末する」
ブロート:「待てよ。戻る気か?」
ヴァイン:「まだ特定はされてはいないだろ」
ブロート:「指揮官を殺して。追いかけた狙撃兵も返り討ちにしたならもう特定して狙われるに決まってんだろ。殺したいランキング筆頭だ」
ヴァイン:「……クソッタレが」
ブロート:「だから、最初から皆殺しにしときゃ良かったんだ。ポイントは?」
ヴァイン:「今朝確保した鐘楼。砲撃で空いた腹から狙うぞ」
ブロート:「了解」
ヴァイン:「……」
ブロート:「……」
ブロート:敵兵の脚を撃った瞬間に思い出した。
ブロート:俺よりも遥かに屈強で射撃の腕前の立つ仲間がいたことを。
ブロート:そいつは脚を撃たれた仲間を助けるために射線に飛び出した。撃たれた仲間が餌だということも理解していただろう。
ブロート:それでも、死ぬことまでは理解していなかった。
ブロート:初の戦場で13のスコアを上げたそいつはそこで死んだ。
ブロート:俺はそいつが撃ち殺される横で、敵のスナイパーにゆっくりと照準を合わせて確実に殺した。
ブロート:それ以来、そいつのスコアが13から変わることはなく、そいつよりも劣った俺のスコアは未だ伸び続けているーー。
0:◯市街戦・半壊した鐘楼
0:ーーブロートがスナイパーライフルを覗く。
0:ーー隣でヴァインが双眼鏡を覗き、辺りを見張っている。
ブロート:「見えないか?」
ヴァイン:「見られている。もうすぐ見える」
ブロート:「よくわかるな、長年の勘だな」
ヴァイン:「勘じゃない。違和感だ。自分が今生きている状況にいつだって違和感を覚える。終わらない間違い探しだ。間に合わなかったらそれが最期だ」
ブロート:「それはどうかな?」
ヴァイン:「何がだ?」
ブロート:「アイツを殺したらそろそろ終わりかもなってこと」
ヴァイン:「はっ(嘲笑)、まさか……この戦争はまだ続く」
ブロート:「終戦じゃねえよ。自国でプロパガンダに回されるってことさ」
ヴァイン:「イカれた妄想だ」
ブロート:「現実味のない話じゃないだろ。それだけ殺した」
ヴァイン:「名うての殺し屋だからと広告塔にしてくれってか」
ブロート:「前例のある話だ。大きな数字だと死なせるには惜しくなってくる。お分かり?」
ヴァイン:「獄中記でも書いてろ、殺人鬼」
ブロート:「相変わらず連れないな。だけどお前も考えといたほうがいいぜ」
ヴァイン:「……」
ブロート:「無視すんなって」
ヴァイン:「インタビューならお前一人で受けてろ」
ブロート:「それは、殺したのは俺の方だからってことか?」
ヴァイン:「……」
ブロート:「故郷に帰ったら結婚するんだろ?」
ヴァイン:「俺に恋人はいない」
ブロート:「あっそ」
ヴァイン:「……家族はオフクロだけだ」
ブロート:「へえ」
ヴァイン:「教師をしてた。今は知らない。子どもの頃から俺の勉強を見てくれてた。勉強くらいしか取り柄のない冴えない子どもだったけど、オフクロに取っては悪くない子どもだったさ」
ブロート:「へえ。本当にちゃんと勉強できたんだな」
ヴァイン:「当然。だから奨学生に選ばれて大学にも入学できた。……選ぶ大学は間違えたがな」
ブロート:「ああ、そういう経緯ね……」
ヴァイン:「俺はな、絶対に帰らないといけないんだ。オフクロが勉強を教えたせいで息子が死んだなんて笑えないだろ」
ブロート:「地獄のセンスでも三流だ」
ヴァイン:「お前はどうなんだよ」
ブロート:「あ?」
ヴァイン:「故郷に残してきた人はいないのか?」
ブロート:「ああ……、また今度教えてやるよ」
ヴァイン:「聞くだけ聞いておいてなんだ」
ブロート:「この手の話は色男にとっては長いんだよ。楽しみに取っとけ」
ヴァイン:「くだらない……」
ブロート:「……ふっ……故郷に帰る頃には、ちゃんと帰ってこられるといいな。お前も……」
ヴァイン:「…………来るぞ」
ブロート:「了解」
ヴァイン:今も、自分が生きていることに違和感がある。
ヴァイン:殺された記憶がある。自分が死ぬ瞬間を見たのだ。
ヴァイン:銃声を聞いた。憎しみの込められた冷たい瞳が俺を殺すその瞬間。
ヴァイン:彼のライフルが人間の頭部を破壊した。
ヴァイン:脳漿がぶち撒けられるその瞬間、俺も死ぬ。
ヴァイン:きっと、今も殺されている。呪われている。
ヴァイン:夢見の悪い疼痛が延々と繰り返されて、夢と現実が分からなくなっていた。
ヴァイン:どちらも地獄に違いない。
ヴァイン:それなのに、何故か長く先の見えない地獄を選んでしまう。
ヴァイン:そして、また
ヴァイン:憎しみの込められた瞳が俺を見た。
ヴァイン:俺を見たーー。
ヴァイン:そして……
0:ーー銃声。
0:ーー敵兵が倒れる。
ブロート:「クリア」
ヴァイン:「……」
ブロート:「行くぞ」
ヴァイン:「……」
ブロート:「おい、どうした? 行くぞ」
ヴァイン:「…………うわわあああ!!」
ブロート:「ぐふッ!」
0:ーーヴァイン、発狂してブロートを殴る。
ヴァイン:「見るな! 見るな!! 俺をみるな!!!」
ブロート:「ぐっ! ブフッ……!!」
ヴァイン:「見るな! 殺人鬼め! 俺は、違う! お前らとは違う!!」
ブロート:「……ッ……、……」
ヴァイン:「はあッ……はあッ……!」
0:ーー殴り疲れたヴァインにブロートが声をかける。
ブロート:「…………よお」
ヴァイン:「ヒッ……」
ブロート:「落ち着けよ……、お前は、まだ正気だろ?」
ヴァイン:「……正気だ……。お前とは違う」
ブロート:「じゃあ、殴るのをやめろ」
ヴァイン:「……すまない」
ブロート:「血が出てるぜ。弱い拳だな」
ヴァイン:「……」
ブロート:「安心しろ。お前じゃ人を殺せない」
ヴァイン:「ああ……」
ブロート:「まったく。ボカスカ殴りやがって。痛って―」
ヴァイン:「悪かった」
ブロート:「おい、痛み止めに食うからチョコ寄越せよ。どうせお前食わねえんだから」
ヴァイン:「お前は中毒で帰れなくなるな。俺のまで食べ尽くしやがって」
ブロート:「いいから早く寄越せって」
ヴァイン:「ほら……」
0:ーー銃声。
ヴァイン:「グハァっ……!!」
ヴァイン:「はあはあ……伏せろ! クッソがあっ、痛え!!」
ヴァイン:「止血を、頼む、鎮痛剤もくれ……」
ヴァイン:「早くしろノロマ!!」
ヴァイン:「クソがっ…………痛えっ……痛え……」
0:ーーヴァイン、止血剤を撃たれた腹に刺す。
ヴァイン:「フゥッー……フゥッー……ぐうっ……つゥ…………」
0:ーーチョコ(モルヒネ)を呑み、呼吸を整える。
ヴァイン:「ハッ、ハッ、ハッ、……ハッ……ハッ、…………はあー……はあー」
ヴァイン:「……ああ、どこだっけここ?」
ヴァイン:「ちがう、俺はここにいる。誰だ?いけない。落ち着け。どこにも行くな。まだだ。まだ大丈夫心配するな。俺はいる。聞こえている。ブロートどこだ。チョコを寄越せ。足りない、足りない、足りない足りない足りない足りない……」
0:ーーヴァイン、身を小さくして蹲りながらブツブツと脈絡のない言葉を発し続ける。
ブロート:「……落ち着けよ」
ヴァイン:「……フゥッー……」
0:ーーヴァイン、呆然とし、頭に響く言葉に反応する。
ブロート:「聞こえてるか?」
ヴァイン:「……聞こえた」
ブロート:「まずは銃を拾え」
ヴァイン:「……拾った」
ブロート:「そしたら、しばらく動くな。正気を忘れるまでな」
ヴァイン:「分かった」
ブロート:「いい子だ」
ヴァイン:「……ブロート、そこは射線だろ。伏せたほうがいいんじゃないか?」
0:ーーヴァインが見上げると、ブロートは何故か射線上に立っている。
ブロート:「問題ねえよ」
ヴァイン:「そうか」
ブロート:「スナイパーってのは嫌な役割だよな」
ヴァイン:「何がだ?」
ブロート:「戦場の兵士のほとんどは銃をぶっ放してもわざと人間を避けて撃つらしいぜ」
ヴァイン:「……そうなのか」
ブロート:「俺たちが馬鹿になってまで殺す努力をしているのに、殺さない努力をしてるんだと。泣けてくるぜ」
ヴァイン:「何でそんな事するんだろうな」
ブロート:「そりゃあ、生きるためだろ」
0:ーーブロート、崩れた壁に腰掛けタバコに火を点ける。
ヴァイン:「生きるため?」
ブロート:「あいつらは信じてるのさ。人を殺してしまったら、もう天国には行けないってな」
ヴァイン:「変な話だな」
ブロート:「本当にな」
ヴァイン:「今更だ。もう地獄に落ちてるのに」
ブロート:「違いねえ」
ヴァイン:「……なあブロート、何でお前まで腹に穴が空いてんだよ?」
0:ーーブロートの腹に、ヴァインと同じ場所に穴が空いて、血が流れている。
ブロート:「あ? 違えよ。穴空いてんのは頭だっつの。ここ。忘れたのか?」
0:ーーブロートは鉄帽を捲り頭部に空いた穴を見せる。
ヴァイン:「……ああ、そうだったか」
ブロート:「そうだっつの」
ヴァイン:「ああ……そうか。……そうだった……」
ブロート:「……思い出したか?」
ヴァイン:「ああ、思い出した……」
0:ーーヴァイン、ブロートが既に死んでいることを思い出す。
ブロート:「どうする? そろそろ反撃してやろうか?」
ヴァイン:「ああ……でも、もういいよ……俺がやる」
ブロート:「お前に? できるのか?」
ヴァイン:「舐めるなよ。お前のスコアの10倍は殺してるんだ」
ブロート:「それもそうか」
ヴァイン:「なあ、ブロート」
ブロート:「なんだよ」
ヴァイン:「お前が助けた仲間、あの後すぐに死んだんだぜ」
ブロート:「そうだったな」
ヴァイン:「もともと愚図なやつだった。なんで助けたんだよ」
ブロート:「ああ、それはな。……また今度教えてやるよ」
ヴァイン:「分かった」
ブロート:「勝てるのか?」
ヴァイン:「敵は頭を狙わなかった。鉄帽を被っていて自信がなかったんだ。だから胴を狙った。腕が特別いいわけではない」
ブロート:「だが、判断は正しい。経験が浅いわけではない、厄介だ」
ヴァイン:「俺の位置はバレている。敵は俺の突撃を待ってるだろう」
ブロート:「探すしかない。ガラス片を拾え。そこにあるぞ。埃にまみれている。ちょうどいい」
ヴァイン:「いや、拭いておく。位置は既にバレているし、他のスナイパーに狙われたなら、もうその時点でお終い確定だ」
ブロート:「すぐに見つけて」
ヴァイン:「すぐに殺す」
ヴァイン:震える手でガラス片を拾い上げる。
ヴァイン:曇った面に乾いた唾を付ける。土とチョコレートで汚した鏡面を筋を残しながら拭き取った。撃たれた方角は北東。運がいい。そっと左腕を伸ばす。鏡面の角度をゆっくりとずらしていく。スコープの反射は見つけられなかった。しかし射撃ポイントのあたりは直ぐに判断できた。そして、殺意の込められた強烈な視線が俺に主張してくる。
ヴァイン:絶対にそこにいる。
ヴァイン:呼吸が凪いだ。
ヴァイン:浅い呼吸。
ヴァイン:鼓膜に響くのは血の流れるノイズだけ。
ヴァイン:必要な風は肌で聞いた。
ヴァイン:情報が足りない。
ヴァイン:鉄帽を脱ぐ。風が通り空が見えるようになった。
ヴァイン:腕にライフルを抱き直し、呼吸を止め、震えを止めた
ブロート:「いくぞ」
ヴァイン:「まかせろ」
ヴァイン:俺が射線に出ると同時にブロートは鉄棒を放り捨てた。頭部に空いた穴から、赤い血が美しく垂れて行くのが見えた。
ヴァイン:俺には見えていた。意識はブロートに向いているのに、俺の体は事前に定められていたかのように止まらない。ポイントに視線をやり、スコープの先の照準が敵に定まっていく。
ヴァイン:風切り音と共にブロートの頭部が弾けた。
ヴァイン:以前にも見た、同じ色が頬に付着する。
ヴァイン:しかし、止まらない。
ヴァイン:遊びを殺し、絞られていく引き金。
ヴァイン:自身の指先が敵の喉元に掛かっていく。
ヴァイン:肉を引き裂かんとする。
ヴァイン:今、命に触れている。
ヴァイン:何度も触れた、死の感触。
ヴァイン:渇ききった身体にじわりと涙が滲んだ。
0:ーー銃声
ブロート:お前は本当は何も見てなんかいなかった。
ブロート:思い出してから見えたのさ。きっと神にでも祈ったんだろう。
ブロート:狙い定めた敵と目があったにも関わらず、撃たれたのはお前が脱ぎ捨て、転がった鉄帽で、お前はそれに俺の幻影を見ただけ。
ブロート:地獄だったよな。
ブロート:まともでなんていられないよな。
ブロート:人を殺すんだもんな。
ブロート:お疲れさん。
ブロート:でも、どうやらお終いみたいだぜ。
ブロート:良かったな。最後に殺すのを止められて。
ブロート:これでお前も人間に戻れたんだ。
ブロート:暫く寒くなるだろうが、すぐに温かいところに来れるさ。
ブロート:目を、閉じな。
0:ーー銃声。
0:ーー崩れた鐘楼にスナイパーの死体が転がる。

了。


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