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ジグザグ商店街

スプーンですくい口の中に入れると甘さを追いかけるように、後からじんわりと辛さが広がってくる。

ルーはサラサラというよりトロトロとしたマイルドな仕上がり。まさに40代男子ドンピシャの欧風カレー。

大好きなとんかつに黄卵までトッピングして、最高の休日ランチに仕上がった。


店内は木目調のインテリアで座席はカウンターのみのコンパクトなお店。新築のような清潔感も感じられた。

しかし、店長がテレビで観たよりも迫力があった。
テレビでは20代の男性と紹介されていたか。

身長は180センチはありそう。目と眉毛はまるで凶器のように鋭い。それに身体はドラム缶ほどの分厚さ。

何よりインパクトがあるのは見事なモヒカン頭。

真ん中に短く刈られた黒髪以外は、全てキレイに刈り上げられている。

食べ終わったら静かに出ていこう…。

「お客さん、地元の方じゃなさそうですね」

恐怖より先に驚きの感情が跳ねた。

その体格、厳つい見た目とは正反対の小動物を連想させる甲高い話し声だった。


「電車で2駅揺られて来ました。この前のテレビを観て気になっちゃって。ここのカレーがとても美味しそうだったから来ちゃいました」

「ありがとうございます。最近、テレビや雑誌でここの商店街を取り上げてくれているおかげで、少しずつ周りが賑やかになってきました」


店主との会話の後は緊張がほぐれ、穏やかにカツカレーを平らげることができた。

会計を済ませると、モヒカン店主が例のものを持ってきた。

出ました、テレビで観たのと同じプラスチック製の白いボックス。

ゴム手袋を渡され装着すると、白いボックスの真ん中に空いてる穴に手を入れた。

グルグルと回し引いた券は「おっ喫茶オリーブ、ブレンドコーヒー半額」と店主が話し始めた。

「カレーの後には最高のじゃないですか。オリーブのコーヒーは深みがあって最高に美味しいですよ。ぜひ味わってください」

テレビで観た通り、ここの商店街はお店で何か購入すると必ずくじ引きを引くことができる。

くじの中身は自分の店以外の割引き券を入れなければいけない事になっていた。

「ありがとうございました。また来ます」

『カレー屋 センター』を出ると、直行で『喫茶オリーブ』に入った。ここの店は確実に年季が入っていて、カフェというより喫茶店の部類に入るお店。

店内は白い壁紙にダークブラウンの木製テーブルと椅子が映えていた。間接照明もあたたかで、一昔前の喫茶店のムードが漂っていた。

白髪のおばあさんのオーナーらしき女性と、50代くらいの女性ウエイトレスが「いらっしゃいませ」と迎え入れてくれる。

ウエイトレスが「割引券を持って来られましたか?それともここが始めの店ですか?」と聞いてきた。

「カレー屋さんでブレンドコーヒー半額券を引いてきました」と返答する。

「そうなんですね。割引券以外の何かを購入しないと、この店でくじ引きを引けないのですが、コーヒー以外に何か頼まれますか?」とウエイトレスがいかにも慣れた口調で話した。

困った…。

お腹は一杯だが、くじは引きたい。

メニューを凝視していると『手作りクッキー一枚100円』と書いている文字を見つけた。

「このクッキーでもくじを引けますか」

「もちろんです」

「じゃあ、クッキーを一枚ください」


コーヒーの味は詳しくないが、カウンターに設置しているサイフォンから出来たコーヒーというだけで飲む前から「美味しい」は決定していた。

モヒカン店主の言葉も頭に残っている作用も加わってか、深みも確かに感じる。店内の雰囲気にも酔うことができて、また来たいと思えた。

会計を済ませると出ました、カレー屋さんと同じプラスチックの白い箱が。

何とも言えない高揚感が沸き上がるなか、ゴム手袋を着けてくじを引く。

「八百屋義則さんのバナナ半額券です。義則さんは新鮮な物ばかりで安心ですよ。もう何十年もされていて、ここに無くてはならない店です」

「わかりました、寄っていきますね。ごちそうさまでした」

オリーブを出ると目当ての八百屋義則へやってきた。

どこにでもありそうな八百屋という印象だが、店の前に広げられたトマト、キュウリやらの野菜たちは春の陽気の力も借りてキラキラと輝いているように見えた。

さっそくバナナの値段を確認すると、5本1房 120円だった。半額券を使えば60円で1房買えるのか。じゃあ、くじを引くためにもう1房買おう。

我が家は5人家族で毎朝バナナを食べている。消費量は半端ないので丁度よかった。

「へいらっしゃい」

漫画に出てきそうな小太りのハチマキおじさんが出てくる。八百屋さんが天職のような明るく人懐っこい笑顔だった。

「バナナ2つください。券1枚持ってます」

「賢い買い物ですね、ありがとうございやす。お客さん、ここの商店街初めて来ました?」

「はい、テレビを観て気になって来ました」

「そうなんですか、ありがたいかぎりです。数年前までは、この商店街はほんと寂れてね、シャッターばっかりになっちゃってたんです。でも、地元の若者達が商店街に店を出してくれて変わりました。くじ引きや、商店街の名前まで変えちゃって、若い力って凄いですわ」

丸坊主をキラキラ輝かせながら喋るおじさんは、きっと此処の太陽なんだろう。

「若い人の考えを受け入れた先輩方の懐の深さも凄いと思いますよ」

「いや、猫の手も借りたいくらい崖っぷちだったんですよ」


八百屋で引いたくじは『パティスリーピンク』のショートケーキ半額券だった。キラキラ丸坊主おじさんが、地元の若い女の子が出したケーキ屋さんで、アイドル並みに可愛い店主だと教えてくれた。

実際に行って見てみると、少しだけの期待を大きく裏切るほどの可愛さだった。ショートカットに大きな目はまるで子猫ように愛らしい。

当然割引券プラスで妻、子供達のショートケーキも購入した。

お会計で本日4回目のくじ引を引くと、『うどん処 きぬ八 とり天カレーうどん7割引き』だった。

「ここのうどん屋さん、50円プラスでご飯が付いてきて、大盛は無料でできますよ。味も保証します」

「めっちゃ良いですね、ありがとう」

アニメの主人公のような声でビジュアルとぴったり。まさに此処の商店街のアイドルなんだろう。

割引券を見つめふと思う。カレー大好きおじさんとしては大変嬉しい券だが、今の満腹状態では今日は無理と判断した。


ジグザク商店街を離れ駅へとゆっくりしたペースで帰路へ向かう。

確かに商店街をジグザクと店をハシゴしたが、蟻地獄商店街という名前にしたほうがいいのではないか。

それにしても、あのくじ引きというやつは結構な中毒性があるかも。でも楽しかったなぁ。

どの店主も他者を輝かせようとすることが、商店街の活性化に繋がったのかもしれない。

歩いていると冬を乗り越えた暖かい日差しと 風がこんなにも尊く感じることができた。

優しい感情が連なる今日は、きっと良い休日を過ごせているのだろう。



今度の休みは日曜日。家族でうどんを啜る画を思い浮かべながら、僕は改札を通り抜けた。





















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