【チェンソーマン】無粋にも「夢バトル」からデンジの心理を解釈してみる(2023年7月4日大幅更新)
こんばんわ。深夜に記事を書いています。見てくださってありがとうございます。
でも、見てる人によっては「こんにちは」かもしれませんね。もしくは「おはようございます」?
そんな場合に便利な挨拶があります。覚えてください。
「おはこんばんちは!」
以下、本文です。
この記事にはらそれぞれ漫画だと1・2巻、アニメだと3・4話にあたる『チェンソーマン』のネタバレが含まれています。
未読、未視聴の方はどうぞお気をつけください。
"解釈"という言葉の使い方について(読み飛ばし化)
今回は記事中に解釈という言葉を多用しています。
それは昨今の考察という言葉が
「展開予想」
という意味に傾倒していることを踏まえ
「キャラの内面を自分なりに読み取ってみる」
という行為に対し、ある種造語のような感じで作った語になります。
言ってみれば"キャラの内面考察"が私のいう"解釈"です。
この二つはかつてはどちらも同じく心情を読み取るという意味合いで使われていたのではないかと思うのですが、現代においては若干ニュアンスが違ってしまっています。
なので、私は「伏線や今後の展開を考える」ことを
「考察」
「キャラクターのそのシーンにおける心情やその行動をとるに至った内面を考える」のを
「解釈」
と分けて使うことにします。
ちょっとわかりづらいかもしれませんが、そこはなんとかついてきてください。ただ、とりあえず本筋に関わる事ではないのでスッと読んで次に行きましょう。
無粋にも「夢バトル」からデンジの心理を解釈してみる
チェンソーマンの主人公・デンジの名言にこんなのがあります(アニメ化範囲ですので知ってる方も多いかと思います)。
「みんな偉い夢持ってていいなア!!じゃあ夢
バトルしようぜ!夢バトル!!」
「俺がテメーをぶっ殺したらよぉ〜…!てめぇの夢ェ!胸揉む事以下な〜!?」
このセリフは、コウモリの悪魔を倒した後にやってきて理不尽にも勝負を仕掛けてきたヒルの悪魔が高らかに謳っていた
「私とコウモリの悪魔は世界征服を夢見ていた。叶わないけど素敵な夢。」
というセリフに触発されてデンジが発したセリフです。
この時のデンジの脳裏には直前に
「お前以外全員本気なんだよ」「俺はできるだけ苦しむように悪魔を殺してやりたいぜ」
と言い放っていたアキの姿も写っています。
アキには確かなビジョンがあり、悪魔討伐という大いなる目的があって、その上で動いているわけです。
それに対して、彼が夢見ているのはあくまでも目先の夢、食事やまともな生活。
そして、そこから(デンジ的に)高望みをしてみても、夢は「女の胸を揉む事」。
それが少年として健全な選択だとかそういう事は一度置いといて、たしかに彼の周りが掲げる夢からすると非常にせこくてみみっちい夢ですね。
このセリフは彼自身も"それを感じていたのだ"、と読者(視聴者)が気がつくシーンです。
デンジはとても奔放なキャラクターですが、どこかで常に劣等感を感じている繊細なキャラクターでもあると私は思います。
つまり、この「胸揉む事以下な〜!?」と言うセリフは
「周りは大きな目的があって努力しているのに自分は違う。浮いている」
という意識、いわばコンプレックスが描かれていたのではないか、と、と私は解釈します。
彼には、命をかけられるような夢がない。
元々彼の夢は「それなりの生活」なわけですし、それが唐突に叶ってしまったからにはモチベーションがないのも当然です。
それの代わりに「女の胸を揉む」という夢を設定するわけですが、その夢は当然命を賭けてデビルハンターをやっているには認められない。
デンジ自身、それを気にしていた。
だからこそ「以下」という言葉を使い、自身の夢を低俗なものと認識しつつ、相手の高尚な夢を力でねじ伏せようとしたのです。
大きな夢を見る方法を、デンジはきっと知らない
大きな夢を見る前に、人はまず小さな目標を立てなくてはいけません。
例えば、野球選手であればまずは"バットを球に当てる"、次は"ヒットを飛ばす"。
それが出来るようになってから初めて"レギュラーを獲る"とか"4番を打つ"とかを考えるようになっていくのではないかと思います。
そういった短期的な目標を一歩ずつこなしていかなくては大きな夢は見れません。
この場合は"甲子園に出る"とか、"プロになる"とかが大きな夢に当たると言えるでしょう。
しかし、デンジの生活はどうでしょうか。
チェンソーマンになる前のデンジは機械的に悪魔を倒し、その報酬で今日を生きるという"その場だけ"の暮らしをしていました。
デンジはちっちゃな夢を何度も見ながら毎日を生きてる
そうして考えてみた時、これまでのデンジの一生とは、「"短期的な目標"を繰り返すだけのもの」だったのではないでしょうか。
父の残した借金をそのまま背負わされ、次の日の食べ物のことを考えながら目の前にある"木を伐採する"、"デビルハンターとして悪魔を倒す"という短期的な目標をこなす毎日。
一応、長期的にはポチタに語った"借金を返済して自由の身となる"というのがあるかもしれませんが、それはあまりにも遠い目標。
その上にヤクザからピンハネされていますから、恐らく1話の展開がなければ彼は一生奴隷のように働いていたのでしょう。
というか、本来ならば栄養不足によってあのまま病気で死んでいたのでしょうね。
そして、それを彼自身もどこかで感じていたのだと思います。だからこそ、自分と同じような境遇だったポチタに対して独り言のように夢を語る。
叶わない事だと諦めてるみたいに。
結論:デンジが夢を見れないのは「環境が悪かったから仕方ない」が真相
そんな毎日を送っていた訳ですから、彼が大きな夢を見られないのは仕方がありません。
まずは、明日を生きることが一番の目標ですから。ただ、それは悲しいかな大きな夢を育成することには繋がらない短いサイクルの連鎖。
つまり、彼には大きな夢を見るほどのスケールが備わっていなかったという事です。
それは、裏を返せば「大きな夢を見れている人間はそれなりに甘やかされている」という事でもあります。
明日を生きるために今日を生きる、という状況であれば「世界がどうの」とかそんな絵空事は口にしません。
というか、口にする余裕がありません。
なので、デンジが夢を見れないというのは本人が低俗だからとかではなく単純にそこまで余裕のある環境ではなかったというのが真相なのではないかと思います。
デンジは、大きな夢を見ることができない。
そして、大きな夢が無ければ周囲からは認めてもらえない。
やがて、それがコンプレックスになっていく。
引け目を感じる部分があるのは1人の人間としてよくわかります。
しかし、それは彼自身の問題ではないのです。やはり一番は彼の置かれた環境。
彼は悪くないのです。
しかし、命を張っているデビルハンターがそれに苦言を呈すのもまた悪くない。
だからこそ難しいな、と書いていて思ったテーマでした。
「男子三日会わざれば刮目して見よ」とシティハンターの冴羽獠も言っていました(というか、そこ以外で見た事ない)。
「デンジ、お前も昨日の自分の殻を破って羽ばたいていくんだ!幸せに暮らせよ…」(ここで『Get Wild』が流れる)
デンジ、公安辞めなよ(あとがき)
(注意:ここからは更にネタバレがあります。原作1部読破を前提に書きますのでアニメ勢の方や現在原作履修中という方はお気をつけください)
書いてみて改めて思いましたが、デンジは公安向きでは全くないですね。作中では給料日のために頑張ってるコベニちゃんくらいしか短期的な目標の為に頑張ってる公安のハンターはいません。じゃあコベニちゃんは何者なんだよ(ここでファミリーの平手打ちが入る)。
とにかく、多くの公安ハンターは大きな夢を持ちながら日々を戦っている訳です。アキは勿論銃の悪魔への復讐ですし、マキマさんもチェンソーマンを復活させるという大きな夢を描きながら全てを行なっていたことが後半にかけて明らかになります。
とりあえず言えることは「この作品においてデンジみたいに小さい夢を見ながら生きてるのはやっぱり少数派なのだ」、という事ですね。そんなデンジも中盤くらいからどんどん人並みの生活という環境を経て大きな夢を見られるようになって来るのですが、まぁそれは全部粉々になってしまいますから…。そこが醍醐味までありますが、辛い話です。
もしかしたらチェンソーマンというのは「人間以下だったデンジが余裕を持って人間らしく振る舞えるようになったところで様々な受難が降りかかる」物語なのかもしれませんね。
後半の方は読んでると普通にデンジ曇らせみたいな感じなので…週間で読んでいたのでアンケート的に『鬼滅』『呪術廻戦』『チェンソ』という順番で読んでいましたが、毎話の読後感がなんか『宝石の国』みたいなんですよ…。『呪術』もやってる事は虎杖曇らせだし…。
と、ここらで語る事も無くなってきたので今回の記事は終わりです。
アニメ勢の方は原作読みましょう!1部で離脱しちゃったって方も、2部読みましょう!今の2部、主人公アサの心理描写がキレキレでめちゃめちゃ面白いので!あと曇らせ展開ありそう!!!
お読みいただき、ありがとうございました。
(2023年7月4日:大幅追記&改行等)
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