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ノケモノの地下城 21【長編小説】

篠崎耕造は、水の流れる音で目が覚めた。
あたりを見回すために頭を動かすと、鈍痛が広がった。
「爺どもめ」
額に手をあて、ゆっくり起き上がる。ここは、洞の檻か。くそ。
「大丈夫か?」
声の方を向くと、罪人が柵に寄りかかって座っていた。
「なんて様だ。お家騒動にもほどがある」
罪人がため息をつきながら言った。ため息をつきたいのは俺の方だ。よりによって、こいつの檻に放り込むとは。
「あんたには言われたくない」
耕造はそう言って、柵を力の限り蹴りつけた。足が痺れただけだった。
「無理か」
「そりゃ、無理だろう」
「なんとか出れないか。努が殺されてしまう」
 この罪人に事情を話さねば。
「努か。預かりものがあるぞ」
「は? 努から? 努は、ここに来たのか?」
なぜ……。
「そうだ。数日前にな」
罪人は懐から数珠を取り出した。
「それは」
耕造は、数珠をひったくるように受け取ると、噛みちぎった。
「おい、罰当たりな」
「これには報せが入ってるんだ」
耕造は、数珠玉から糸を引き抜くと、慎重に広げ始めた。糸は、小指の幅ほどに広がり、そこには記号がならんでいた。洞の緊急時に備え、事前に決めていた暗号。耕造は眉をひそめて、罪人を見た。
「うちの、篠崎の計画、知ってたのか」
罪人は、黙ったままゆらりと立ち上がった。
「何でだ」
「鼻もよけりゃ、耳もよくてな」
内通者。耕造はひやりとした。俺の計画も筒抜けなのだろうか。いったい誰が。今度は耕造が黙りこんだ。そんな耕造を尻目に、さて、と罪人は言って今度は線香の様なものを取り出した。
「助けを呼んで、努を助けに向かおうか」
 罪人が、線香の様なものの先端を指で擦ると煙が立ち、洞の壁面に吸い込まれてゆく。耕造は黙ってそれを見ている。
「はは」
罪人は笑った。まったく、親子揃って分かりやすい。
「何がおかしい」
耕造が睨む。
「いや、お前これを見て驚かんなと思ってな」
耕造は沈黙した。
「ノケモノの歌を知ってるな」
煙を見つめながら、罪人は歌った。

ーーこの道は、昼は武士の通り道、夜は獣の通り道

壁面に吸い込まれる煙の通り道。その先にあるのは……。

(続く)


この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。

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