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ノケモノの地下城 17【長編小説】

猛暑日が続いていた。
蝉の鳴き声が聞こえる事務所で、蔵谷峰彦《くらたにみねひこ》はデスクワークに没頭していた。
机の上はどこもかしこも書類、書類。紙の束を見るのは蔵谷の書庫だけで腹いっぱいだというのに。
「社長、新しい工程表を」
視界を遮《さえぎ》るほど高く積まれた紙を睨んでいたら、山崎が事務所に入ってきた。古いスケジュールの上に赤いペンで工期が変更になる箇所が書きこまれている。衣川の一件で仕事のスケジュールを変更せざるをえなかったからだ。分かった、といって受けとると、山崎はもう一枚書類を出してきた。
「不明水調査の件で、結果が上がってきました」
不明水。直近数ヶ月で下水道施設への侵入水が疑われたため、近くで工事をしていたうちの会社が調査対象となっていた。結果、うちの工事は関係無く、この不明水は地下水の流入ではないかとのことだった。
地下水の流入。衣川が動き出したこのタイミングで……。
「ご苦労様、仕事多くて悪いな。あの入札の件も、地質調査で人も取っちまったのに。バテてないか」
「大丈夫ですよ。まあ、よそに比べたら天国です。現場にクーラーつきのプレハブ置いてもらってますから」
先代が仕切っていた時から働いてくれている彼は、蔵谷家の事情も知っている人間の一人で、今回のように仕事の調整を頼むことが多々あった。調整のせいで現場は人手が欲しいが、今は博人と幸人を現場に出せない。
「仕事が落ち着いたらビアガーデンでも行きましょう」
気を利かせてくれたらしい。
「飲めないのにか?」
「雰囲気をいただきます」
山崎は笑って、じゃあ戻ります、といって部屋を出て行った。その背中を見送って、ドアが閉まると同時にため息をついた。色々と迷惑をかけている。それは現場の負担になり、慢性的な人員不足が続けば、会社の存続そのものに関わってくる。
会社の存続。
会社があるからこそ、地下資源に関する利害関係者として公の場で意見が言えている。地下水の利用に関して様々な意見が飛び交う昨今《さっこん》、会社がなければ蔵谷の、地下水脈の仕事も守れない。秋が来るまでには、衣川の件、ケリをつけなければ。
蔵谷峰彦はまた大きなため息をつき、今度こそデスクワークに集中した。

(続く)


この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。

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