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ノケモノの地下城 29【長編小説】

「やめろ、馬鹿。その人を離せっ」
秀ちゃんを引き剥がしながら、ともに言った。
「幸人くん、緊急事態なんでしょ。こいつのズボンから鍵とって」
男の腕を捻り上げながら、ともが指示してくる。秀ちゃんを羽交《はが》いじめにしたまま、答える。
「鍵とってどうすんだ。その人は」
「中に入って篠崎の家長と話すんでしょ? こいつは洞の淵《ふち》にでも落としとけばいい」
物騒なことをいう。死んだらどうする。
「その手を離せ」
ともに捻り上げられている男の腕が今にも折れそうで恐ろしい。
「こいつが悪い」
「でも離せ」
一瞬の沈黙の後、ともは男を睨み付けたまま投げ捨てるように手を離した。男は、ともに殴られたせいで目の端が切れ、血を流している。こちらを睨みつけ、捻り上げられていた方の腕をさすりながら座りこんでいる。
「幸人さん、離してください」
怒りの滲《にじ》んだ声で秀ちゃんが言った。唇が震えているのが見えた。侮辱されたとはいえ、人に飛びかかるなんて。
「頼むからもう飛びかかるなよ」
手を離した。
「お前ら、こんな血の気の多いやつだとは思わなかったよ。早くその人の手当てを」
男の前に屈《かが》み込む。
「ほっといたら」
「とも、いい加減にしろ。これはまずい」
「何がまずい?」
低いしゃがれた声が、頭上から降ってきた。顔を上げると、老人の顔があった。ドアが開いていた。ドアの向こうにはあと四つ、老人の顔がのぞいていた。ともと秀ちゃんは固まっていた。
「騒がしいと思って出てきたらこれだ。何をしている?」
「あの、篠崎家の家長の方に話をしに来たんですが」
「話、か」
流血している男を見ながら老人が言う。
「すみません……」
私が謝ると同時に、門番の男が立ち上がった。
「この薄汚いガキどもをすぐに追い出しましょうっ。とくにあのキツネのガキをっ」
「なるほど」
老人は、ともと秀ちゃんをちらと見たあと、顎をしゃくった。ドアの奥から屈強そうな若い男二人が出てきて、門番の男の両脇を掴み、中へ運んでいった。連れていかれる途中、門番の男は不満を口にしていたが、老人は見向きもしなかった。
「あれは口の悪いのでな。わしが家長だ。それで、何を話に来たって?」
「うちの家長と連絡がとれません。龍の地図も盗まれたと聞きました。篠崎家にうちから何か連絡はありませんか」
「ないな」
「こういった事態になった時の対応の取り決めはありますか?」
「ない」
「龍の地図は……」
「篠崎家が責任を持って探す」
「地下水脈に異常は出てませんか? 龍の地図がなければ、毒水がしみだしてきた時のコントロールができないはずです」
「今のところ問題ない」
「これを見てください」
秀ちゃんが病院で出した写真を見せた。これの真偽を確かめる必要がある。
「……何だ、これは」
「ご存知ありませんか? 私はセンサーフィッシュの群れの図だと聞いています。センサーフィッシュに異常は?」
「知らないし、センサーフィッシュに異常は出てない」
やけに歯切れよく答える。
でも、と続けようとしたら、低い声で遮られた。
「もう、地上に戻りなさい。何かあればこちらから使いを出す」
これ以上は詮索しても何も答えてくれなさそうだった。ドアの向こうで若い男二人も睨みを利かせている。
「分かりました」
ともと秀ちゃんを見た。秀ちゃんがとものシャツを掴んで、小さく震えているのが見えた。

洞の帰り道、ともが不満そうに言う。
「すんなり引いたね。龍の地図がなくなってるのに、あの対応はおかしいでしょ」
「でも、あのまま質問攻めしたところで何も答えてくれなさそうだった。とも、龍の地図を保管してた洞までいけるか?」
ともは少し驚いた顔をし、行けると答えた。
「でもさ、さっきみたいに門番いるよ」
「考えがある」
そういうと、幸人はニヤリと笑った。

(続く)


この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。

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