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ノケモノの地下城 31【長編小説】

我がもの顔でなんてそんなつもりはないんですけどね、と秀ちゃんがともの話のあとにつけ足した。
幸人は絶句した。西南戦争時代の確執で今も仲違いが続いているとは。蔵谷家の資料で、そういった争いがあったことは知っていた。でも、西南戦争は明治十年だ。百四十年以上も前の話じゃないか。
「幸人くん、今そんな大昔のことをって思ったでしょ」
ともが、秀ちゃんの横から顔を出して言った。
「さすがにな、思うよ。俺は洞にはあまり入らないから、まさか今も冷戦状態とはね。知らなかった」
「だから教えたくなかった」
ともはそういうと秀ちゃんの陰に引っ込んだ。
「今日みたいな喧嘩を売ってくる人は、まれですけどね」
秀ちゃんがあとをつぐ。
「そういえば、秀ちゃんは何であんなに、なんていうか、喧嘩なれしてるんだ?」
「護身術です」
「そうか」
どんな護身術を習ったのか。
「それで幸人くん、さっき言ってた考えって何?」
ともがまた顔を出して聞いてきた。
「今、手元にある地図と資料で読図する。龍の地図の洞に行くのはそれからだ。事務所の金庫からも色々出てきたんだろう?」

清藤事務所に着くと、幸人は地図と資料の整理から始めた。
清藤の金庫から出てきたキツネの抜け穴の地図、センサーフィッシュの群れを示す書き込みがある写真、衣川先生が見せた異常に川の多い古地図の写真。そして、私と祖父との思い出の地図……。
それらと、手元にはないが地下水脈をコントロールするのに必要な龍の地図。
水脈、川、抜け穴、センサーフィッシュ。幸人の頭を様々な単語がめぐる。ことの発端は、何だった。衣川先生だ。先生の持っていた古地図の川。古地図の川とその他資料を見比べる。キツネの抜け穴と一致する川が多い。でも、何か違和感がある。河川工事。今はない川。さっきのともの話を思い出す。
ーー河川を地下水脈に都合のよい流れに変えたかった篠崎家の思惑が一致した……。
篠崎家が変えたがった流れは、何をもたらすものだったのか。篠崎家の利益。篠崎家は……。
はっとして幸人は顔を上げた。
「篠崎家は、水の売買をしてるのか?」
ともが答える。
「何? 篠崎家は水の浄化槽を造る会社やってるでしょ」
「そういう会社をしてることは知ってるけど、その他に地下水脈の水を売ったりしてないか? 洞を通ってて水の採取とかしてるの見たことないか?」
「まさかないよ。だいたいそんな水を勝手に売れるの……?」
「古地図の川と地下水脈、キツネの抜け穴。そして、センサーフィッシュの群れ。全部を篠崎家が把握していたら? 水を勝手に使うのに都合のいいものがそろってる」
「でも、水を勝手に使うなら、龍の地図がない今はどうしてるんだろう。あれがないと、水が汚染されるんでしょ?」
「それだよ。龍の地図が盗まれたのになぜか他人事みたいな対応だった。やっぱり早く龍の地図を保管してた洞に行こう」
「……」
ともが黙り、目を見開いて私の後ろを凝視した。
「何だよ?」
振り向くと、秀ちゃんがナイフをこちらに突きつけていた。幸人の顔が青ざめる。
「秀ちゃん?」
「幸人さん、ごめんなさい。その資料、全部私にください」

(続く)


この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。

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