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7章 うめざわしゅん論・導入篇

冒頭に記載したのは「一匹と九十九匹と」(うめざわしゅん、小学館(2011))に紹介文として掲載されていた文言からの引用だ。もとは「月刊!スピリッツ」という月刊誌に掲載された短編集を単行本化したものだ。

本稿はタイトルに表記したように、うめざわしゅんという漫画家について考えた文章の導入篇にあたるものだ。導入篇という若干ヒヨッたタイトルにしてしまったのは、本格的に書こうとすればするほどに、うめざわしゅんをどう切り取って良いものか迷い始めてしまったからである。より詳細に論じた本論は別書で書き進めたいと思う。いま、私の手元にある彼の作品は以下のものだ。

  • 「ダーウィン事変(講談社)」

  • 「一匹と九十九匹と(小学館)」

  • 「パンティストッキングのような空の下(太田出版)」

  • 「えれほん(幻冬舎)」

ダーウィン事変が彼にとって初の長編作品となっているが(2023年3月時点で5巻まで刊行)、それ以外の作品は短編集として発表されるものが多いため、「一匹と九十九匹と」が全2巻とこれまでは最長作品であった。

ダーウィン事変以前の作品を読んでいると、彼がこの物語に至ったのは必然、とは言い過ぎであるが、彼の考えてきた物事の直線上に連なっていたテーマのような気がしてくる。「もう人間」に描かれたテーマは「臍子」だ。臍子は母親のお腹にいた胎児期と同様に臍帯(へその緒)を通じて母体から酸素の供給を受けなければならない。しかも、実の母親からしか受け付けられない特異な体質を持っている。問題となっているのは、臍子として生まれてきた子どもたちの権利である。彼らは母親が死んでしまったら酸素の供給が受けられないために亡くなってしまう。あるいは、母親が意図的にへその緒を切り離したとしても、臍子は亡くなってしまう。自らが自立的に生存することは難しいということだ。「もう人間」で語られていた内容には、実際に日本でもほんの20年ほど前までしばしば母親に夜臍子の「切り離し」が行われており、罪に問われることもなかった(「えれほん」うめざわしゅん、幻冬舎)ということらしい。

つまりは、実質臍子の命を奪ったというのにそれが殺人にはあたらないということなのだ。臍子については、「もう人間」の主人公である水迫唯依が出版社の編集者に対して「臍子」をテーマにした書籍出版の提案をしているシーンで語られる内容だ。その出版社の男の発言というのが妙に生々しく表現されている。

10万人に1人の凄いマイナーな病気でしょ?何か”売り”がないと読者の獲得は難しいと思います。

(「えれほん」内『もう人間』より引用)

(水迫)ディアーナ裁判は日本でもわりとネットなどで話題になりましたし…人口中絶についての議論とも深い関わりが—
(編集者)でもそれって遠い海の向こうの話ですよね?

(同上)

このやり取りを考えると、遠い海の向こうの動物の話を連載してくれているアフタヌーン編集部には感謝しかない。同話に登場する臍子の27歳・有藤全は、まるでヒューマンジーのチャーリーのようである。臍子は、水迫唯依が作中で語ったように妊娠中絶や女性の自己決定権等との関わりがあるため、生命倫理のケーススタディとされたり、政治利用しようとする輩が多いようだ。それらの状況に対して有藤は言う。

生命倫理の教材とか政争の具にされるのはもうまっぴらだよ!

(同上)

これはチャーリーの「なんでみんなボクをボク以上の何かだと思うのかなあ。ボクはなんの代弁者でもない。ただの一匹の動物。ただのチャーリーだよ」と言う発言とシンクロする。彼が描こうとするのは、そうした、人間と動物の間、臍帯に繋がっていないと生きられない、いわゆる「普通」とされる立場にいる人たちのように思う。そして、彼らを描くことでわたしたちは問われるのだ、普通ってなに?人間ってなに?

うめざわしゅんの問いかけは、あまりに本質的だし、露悪的でもあり、攻撃的だ。彼が目指すことは、きっとわたしたちが常識として無批判に受容していることや、普段なんとなくやってしまっていることなど、人の無意識に手を突っ込んでそれを揺らがせることなのではないか。掲載した画像は、えれほんに収録された第2話「かいぞくたちのいるところ」からの引用だ。誌面の都合上、物語の内容まで詳しく紹介できないのだが、IP警察という国家組織が厳しく著作権違反を取り締まる世界が舞台だ。海賊というテロリスト集団がIP刑務所を襲撃し収監されている犯罪者たちを脱獄させようとしたところ、テロリストの思惑とは真逆な事態が起きた。誰もそこから逃げ出そうと思わなかったというのだ。収監されていた人たちは何故逃げなかったのか。物語の主役であるIP刑務所・所長の門田はこう言う。

「囚人たちが皆面従腹背しているとでも思っていたのか…?私達は確かに囚人たちを善き市民へ教育しようとしている…だがそれ以上に彼ら自身が善き市民になりたいと自ら願っているのだ!」

同上
「えれほん」内『かいぞくたちのいるところ』より引用

うめざわはきっとこうした人たちを嫌悪しているのではないか。そして、彼はこうした物語を少しでも多くの人に届けるために、様々な工夫を凝らしている。例えば、「ダーウィン事変」の第1話は、"クリエイティブ・コモンズ・ライセンス"で提供されている。クリエイティブ・コモンズが適用された作品は、適切な表示をし、非営利目的で改変しない場合に限り、自由に複製や再配布が可能というものだ。実は、うめざわは「えれほん」の時からこのような取り組みを行っており※、「かいぞくたちのいるところ」は営利・非営利の別を問わず、また二次利用と改変も受容している。本誌は、そのLibertyライセンスのもと、一部ご紹介したいページを掲載させて頂いた。紹介するのは医薬品業界における問題だが、著作権がもたらす影響の一旦というのを一緒に見て頂ければと思う。

この文章の続きは、後日公開いたします。(終)

Libertyライセンス規約

「えれほん」に収録された「かいぞくたちのいるところ」(以下「当該作品」)に対して、現著者うめざわしゅんの著作権に基づき、本規約に従っている限りにおいて以下の撤回できないライセンスを付与する。使用に関し営利・非営利の別は問わない。

あなたは当該作品の全部または一部をあらゆる媒体、フォーマット(将来開発されるものを含む)で自由に複製・再配布することができる。
あなたは当該作品の翻案、翻訳、映像化その他すべての自由な二次的利用と制限されない改変を行うことができる。
上記のライセンスされた権利を行使するにあたっては、あなたは本「Libertyライセンス」と同一の条件を課し、かつその旨を合理的に理解可能な方法で明示しなければならない。

複製・再配布について
a当該作品の全部を複製し共有するにあたっては、当該複製物に本「Libertyライセンス」の規約を記載することによって3の条件を満たすことができる。
b当該作品を部分転載し共有するにあたっては、当該転載箇所に「Lうめざわしゅん」と明記することによって3の条件を満たすことができる。
※本誌については部分転載ではあるが、情報として規約全体を掲載させて頂きました。


Libertyライセンス うめざわしゅん


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