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B.E. 夏号 第7章「悲しみと向き合う」

※本記事なての文量は約13,000字です。

大切な人が亡くなったとき、あなたはそれに向き合うことができますか?

グリーフとは、心の蓋が閉じてしまい感情を表に出すことができなくなってしまった状態のこと。今回はグリーフサポートを提供する一般社団法人グリーフサポート研究所・代表の橋爪謙一郎様にお話を伺いました。

#38「グリーフケア①」より引用(第5巻収録)©️Yuusaku Takemura/Yonchan 2021/講談社

ー本日はよろしくお願いいたします。ホームページを拝見しましたが、株式会社ジーエスアイ(以下GSI)の関連組織として当研究所を設立されたのでしょうか。

(橋爪) 企業を経営していると利益を出していかなければならない、しかし利益だけ考えていては扱うことができない案件も当然出てきてしまいます。ジーエスアイという会社とグリーフサポート研究所は両方とも頭文字がGSIなんです。「グリーフ・サポート・インスティテュート」と「グリーフ・サポート・インターナショナル」です。大切な人を亡くすということは、多分この世からなくならなず、死別の経験や何かを失うという体験は全ての人にとって平等に訪れることです。その体験をどう自分のなかに落とし込み、活かしていくことができるかどうかが、実はすごく大事だと思っています。できることなら、グリーフサポートが一般常識になり、誰かがなにかを失ったとき、「人にはこういうことが起きるよね」ということが理解し合える社会が理想です。『リエゾン』(竹井優作・ヨンチャン、講談社)でお父さんが自分の子どものことが理解ができない、「母親が死んだのに何で何も感じないんだよ」と怒るシーンがありますが(第5巻収録)、子どもはなにかを感じていても、それを表現することができない状況がある。それをお父さんが理解できたなら、表面的に見えているものと、内面に蠢いてることって別だよねと思えるようになったら、もう少し分かりあえるじゃないですか。誰かを責める必要もなくなりますから。わたしたちの会社と研究所、双方の理念は僕たちが必要なくなる社会作りたいんです。必要なくなったら「はい、やーめた」って一番かっこいい会社の廃業の仕方かなと。でも厳然として大切な人が亡くなったとき、同じ経験をしてる家族なのに分かり合えないことが起きてると思うと、それを変えてあげたいというのが一番です。来年で起業して二十年目になります。グリーフサポートという言葉が存在していないときから事業を始めて、これだけで続くっていうのは「よくやった」と自分では思っているのですが、まだ当初描いたことがなに一つ実現できていないという負の側面もあるので、まだまだやるべきことが沢山あると感じています。

ー橋爪様はテレビドラマや漫画などの制作サポートもされています。そうしたコンテンツを通じて、グリーフサポートの認知というのは、それこそ二十年前と比べると徐々に上がってきているのでしょうか。

(橋爪) そうですね。鈴木さんも「終活」という言葉をよく聞くと思います。やっていることに意味がないとは言わないのですが、亡くなったときでないと誰かが亡くなったときの気持ちは想像すらできません。「事前に準備をすれば、残された人になんの迷惑もかけない」という様なことを言う人がいますが、現実に起きてみないとなにが起きるか分からないわけです。よく「グリーフは予防できますか」、「残された人たちの悲しみがあまり深くならないよう準備できることはありますか」と質問されるのですが、結論からいうと準備はできません。準備はできないけれど、生きてる間にしかできないことをやりましょう、たくさん家族と話した方がいいとお伝えしています。別な言い方をすると、グリーフとは「注いできた愛情の裏返し」なんです。だから、人間関係が薄かった人の死は、それほど感情が動かないんですよね。腹の底から出てくるような悲しみにはならないんです。可哀想と思うかもしれないけど、言葉にならないような感情としては溢れてこない。グリーフサポートという考えは徐々に広がっているけれど、ちゃんとした形で広がってるものと、そうじゃないものにに分かれていると思います。ドラマや漫画などの制作に関わるのは何故かというと、日常的に死を体験することはないので、説明がとても難しいからです。エンバーミングというご遺体の処置をする手法があるのですが、恐怖映画の制作チームから協力を求められたことがありました。その依頼への協力はお断りしたのですが、理由はシナリオにあります。自己流でエンバーミングを学んだ殺人鬼の主人公が、殺したそのご遺体をエンバーミングしてコレクションするというシナリオだったのですが、描かれ方がわたしたちの考えることとかけ離れているため協力できませんでした。ドラマや漫画というメディアを使えば、普段アクセスできない人たちに伝えることが出来るのですが、知らない人ほど初めて触れたコンテンツから影響を受けてしまうので、正しい知識が間違って伝わらないようにしたいという思いがあります。だから、制作に携わる場合には、脚本を確認して細かく修正の要望を出させてもらうことを前提にしています。

ー『リエゾン』の話が出ましたのでその話に移りたいと思います。本篇「グリーフケア」に登場する女の子(実優)に対して、父親は子どもが母の死を悲しんでるかどうか疑念を持ってしまうことから親子のすれ違いが始まります。父親は息子に対して、「亡くなった母は遠くに行ってしまったんだよ」というふうに伝えている。それを聞いた息子は、自分が良い子にしていたら母はいつか帰ってくると期待を持ち続けている。いつになっても帰ってこないのは、自分が良い子にしてないからなのだと、イタズラに自分を責めてしまうのです。そうしたちょっとした思い違いが重なりあう中で、家族内がどんどんギクシャクしてしまう。父親が子どもたちに、ちゃんと母の死を伝えていないことが直接的な原因ですが、結果としてそれが良い方法とは言えなかったのだと分かります。先ほど「正しいグリーフの知識を間違って伝えないようにする」と仰っていただきましたが、グリーフサポートには良い方法と悪い方法そういった価値判断が存在するという認識でしょうか?

#38「グリーフケア①」より引用(第5巻収録)©︎Yuusaku Takemura/Yonchan 2021/講談社

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