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編集後記

 本誌執筆中に、山口県岩国市錦町の中国自動車道で、食用の豚を運んでいた大型トラックが横転したというニュースが報じられた。同県警によると、トラックは約100頭の食用の豚を運送していたが、事故のあと十数頭の豚が逃げ出したらしい。

 このニュースを見て私は直感的に「そのまま逃げ切ってくれ!」そう思った。これは、私が本誌を制作する過程で多くの動物倫理に関する書物を読んだり、ヴィーガンの方々の話を聞いたり、そして考えてきた結果なのだろう。このことから思うのは、動物について考えれば考えるほど、これまで通りに肉を食べ続けても良いのだろうかという境地に至ってしまうということだ。肉は美味しい、しかし動物は可愛い。これはロジックでは乗り越えられない大きな壁があるような気がしてくる。むかし、2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)では「働いたら負け」というような合言葉が流行ったことがある。この場合も、考え始めたら負けなのだろうか。

この雑誌を作りはじめてからというもの、わたしは「肉」というものに対して非常に敏感になった。なんとなく、昔は何気なく買ってしまっていたコンビニレジ横にあるホットスナックのフライドチキンやからあげクンをもはや買うことができない。まだまだ牛乳も飲むけれど、なんとなく豆乳を購入する頻度が増えてきたようにも思う。徐々に豆乳の消費量の方が増えている。こうして人はヴィーガンになっていくのかもしれない。

さて、ヴィーガン先進国のアメリカで代替肉の開発をリードしている会社に「ビヨンドミート」という会社があるのはご存知だろう。

ビヨンドミートは代替肉(プラント・ベース・ミート、植物由来の肉)を開発しており、2019年にナスダックに上場。食肉業界を根底から覆すディスラプターと持て囃されていた。しかし、株価が19年の高値の10分の1以下にまで落ち込むなど同社の業績は芳しくない。また8月に1400人の従業員の約4%を削減しており、設備投資計画を21年の1億3600万ドルから8000万ドルへと減らしたと発表した。(日本経済新聞より引用)

同社の業績に大きく影響を及ぼしたとされるのはウクライナ危機に端を発する経済悪化とインフレだ。そもそも、本物の肉よりも割高な植物肉の需要は消費者の懐具合が厳しくなると大きな打撃を受ける傾向にある。植物由来の代替肉の米国での価格は、6月に1ポンド(約454グラム)当たり8.35ドル(約1200円)で、本物のひき肉の値段4.90ドルの2倍近い。

元も子もない話だが、自分の足元の生活がおぼつかないのでは、環境や動物たちに配慮した生活はできない、そう言われているような気がした。本誌3章において、京都大学の伊勢田先生の著作から「極限的選択における人間の優先」を引用したが、極限的状態出なくても我々人間は自分や家族を優先してしまうだろう。

これから日本もますます不況に陥っていく可能性がある。いつまでも先進国然とはしていられそうにないと思わないか?そうなった時、敢えて価格の高い代替肉、培養肉を選ぶことは考えにくいだろう。ただ一方で、経済的に困窮しているという理由から肉を食べられないという家庭が出てきてもおかしくない。それは既に先進国と途上国間で起きている問題ではあるが、それがもう自分たちの身近にも迫っているかもしれない。牛や豚を育てて食肉にするまでには、大量の水と飼料が必要になる。そもそも、それらを人間の食用として使えば世界の貧困も解決するとは言われているが、肉食の魔力から解放されることは容易には叶わないだろう。

しかし、このまま行くと食肉の値段が上昇していくことは止められない。フィリピンでバナナを栽培している人たちはバナナを食べられない、コーヒー豆を栽培している人たちはそのコーヒーを飲むことができない、そういった話を聞いたことはないだろうか?日本人の場合、和牛を育てているけれど、日本人は値段が高すぎて和牛が食べられなくなる日がいつか来るかもしれない。望むと望まぬとに関わらず、わたしたちはヴィーガンの生活を求められる。しかし、それは明治時代以前の近世の生活に戻るだけなのだろう。なにより、人間たちは不況なんかに負けないかもしれない。もっと動物たちを搾取し、これまで以上に非人道的、つまりそれは人間にとってはとても経営効率がよく株価にも好影響を及ぼすような、とても資本主義的なブレイクスルーを思いつくかもしれない、動物たちにとっては何というディストピアだろうか。しかし、人間が選ぶ未来なんてそんなものなのかもしれない。

いったい、どうしたら動物愛護団体が求めるような、動物を搾取しない社会が出来上がるのだろう。本誌は、ある考え方の提示と問題意識を共有することしかできない。解決方法については、一緒に議論していきましょう。(終)

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