あの夏の日を覚えているか?

 『ポケモンGO』がリリースされた直後のこと。
 各地の大きい公園にはスマホを片手にポケモンを探す人々が集結していて社会現象になったことはまだまだ記憶に新しいと思う。
 特に、多くの若者にとって馴染みのあるエリアにあり、レア度の高いミニリュウの出現率が高かった代々木公園は、ただの平日夜でさえお祭りのように人がごった返していた。

 僕もリリース直後は2~3回足を運んで世紀のイベントを楽しんだんだけれど、その時いかにも渋谷・原宿エリアにいそうなギャルのグループを見かけたのが記憶に残っている。
 なにもギャルであることが珍しかったわけではない。むしろリリース当初においてそれは普通の光景だった。
 ただその中のひとりが、「あっ! コイキングがいる! 捕まえよう!!」というと、別のひとりが、
 「ギャラドスに進化させるつもりね!」と大興奮で反応していたのがどうにも印象的だったんだ。
 それは僕の中に強い興奮と感動を巻き起こし、僕は見渡す限り人、人、人の代々木公園で一人感動の涙を流した。

 僕のようなキモオタの人生とは全くどこにも交わる点がないような、同じ言語を持ちながら同じ地平で言葉をかわすことがない人種も、コイキングがギャラドスに進化することを知っている。これが感動でなかったのなら一体何だというのか。
 普段は渋谷のクラブのトイレでチンコを咥えていそうなギャルでさえ、レベルが上がりにくく、ロクな技を覚えず、ステータスも軒並み最低クラスのコイキングを地道に育てていくとギャラドスになって一気に強くなる、というギミックを当然のものとして知っている。その事実が強く僕の心をついた。一撃だった。その一撃で僕の感情は決壊してしまった。

 ギャルと自分との間に、共通の文化的素養があって、ポケモンという地平の上で、僕もギャルもあの時あの場所で同じように立っていた。それを思い出すと今でも胸が高鳴る。目頭が熱くなる。ギャルも昔はピカチュウを可愛がる女児だったのだ。同じ日本人だったのだ。
 日曜日にはおジャ魔女どれみを見ていたのかもしれないし、もうプリキュアが始まっていた世代かもしれない。ギャルは別の人種だから、年齢がよくわからない。それでもあの日、僕と彼女らは確かに同じ民族であった。
 そしてあの中のひとりくらいは、まだ隠れてこっそり現行のプリキュアを見ているなんてことが、もしかしたらあり得るのかもしれない。
 あるいはギャルは早産の傾向があるから、今頃娘を育てながら、娘と一緒に”子育てするプリキュア”を昔懐かしく思いながら見ているのかもしれない。

 世の中は案外可能性に満ちている。あの夜僕はほんの少しの間だけそんなことを思って、ちょっとだけ世の中を見直した。

 
 さあここで、キモいオタクも、アニメも人生も楽しんでいるエセオタクも、そもそもオタクとは関係ない人も、ちょっとした実験をしてみてもらいたい。
 そうだな、『スーパーマリオRPG』、『スーパーマリオRPG』にしよう! 皆さんは、プレイしたことがあるかな?

 プレイ済みの人は、実験に協力してもらいたい。なあに簡単だ。ちょっと「たこつぼゲッソー」について考えるだけでいい。沈没船で遭遇する中ボスだ。足を倒しながら進んでいくと奥の本体と相まみえることになるあいつだ。あいつのことをちょっと、思い出してほしい。頭に思い描いてほしい。
 あなたがパーティーに誰を入れていたのか、それは僕にはわからないから、とりあえずマリオだ。マリオさえいればいい。頭の中でマリオと「たこつぼゲッソー」を戦わせてみてほしい。

 両者が相対したらマリオのターン。前方にジャンプし、ピィィィーーンと光る。スペシャル攻撃だ。

 どうだろう?

 右手の親指が、小刻みに痙攣した人はいないだろうか? いたはずだ。少なくとも何人かは、親指が勝手にヒクヒク動いたはずだ。まるで何かのボタンを連打するかのように。
 僕はつい先日この現象に気がついて、そして通勤電車の中でとめどなく溢れ出してきた涙を拭った。僕の指は、その時確かに震えたんだもの。遠い遠いあの頃のように。まだ世界が美しかったあの頃のように。

 種明かしをしよう。
 「たこつぼゲッソー」は火属性に弱く、ファイアボールが有効だ。攻略本にもそう書いてある。ゲーム中に聞けるヒントでも「イカ焼きにしちゃいなさい」と言われる。そしてマリオRPGのファイアボールは、発動時にボタンを連打する。それが答えだ。
 僕らの中の記憶が、僕らの中に確かにまだ存在する、夢中になってスーパーファミコンで遊んでいた少年少女がまだ僕らの中にいて、ボタンを連打したんだ。ファイアボールのダメージを少しでも上げるために。

 まだ小さかった頃の皆さんは、輝ける未来を持っていた少年少女の皆さんは、もうすっかり忘れてしまった人も多いだろうけどまだ僕らの中にいて、僕らにスーパーファミコンのYボタンを連打させるんだ。あの頃と今とは確かに地続きで、あの頃持っていたはずの輝く情熱は、ギャルの中に普段はしまわれているポケモンとの思い出のように、呼び出される日を待っているんだ。きっとそのはずだ。

コミュニケーションと普通の人間について知りたい。それはそうと温帯低気圧は海上に逸れました。よかったですね。