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活字が苦手。だけど、本が読めた話


もともと、活字が苦手だった

最初にお伝えすると、私は活字が苦手だ。

ライターのくせに何を言っているのだ、読まれる文章を書くのであれば「読まれている本」を読んで勉強すべきだろう。
いいからさっさと読みなさい、こんなこと書いていないで1ページでも本を開きなさい。
…と、もう一人の自分がワーワー言っている。

うっ、本当にその通りです。なにやってるのだ、自分。ライターの風上にも置けないぞ、ほんとうに恥ずべきだぞ、こんにゃろう。

だけど、ごめんなさい。
活字だらけの本を読むと、いつも思考があっちこっちに飛んでいって、動けなくなってしまうのです。

たとえば、特別なメソッドを紹介している本を読むと、本を読むのをやめて、すぐにそのメソッドを試したくなって、本に戻れなくなる。
本の中に格言や名言があると、心をガシッと鷲掴みされて、それ以上読み進められなくなる。
本の表紙が可愛いイラストだったり、美しいデザインだったりすると、ずっと眺めていたくなる。

職業柄、本を読むべきなのは十二分にわかっている。
でも、本には気付きがありすぎて、心が動きすぎて、そこから歩めなくなってしまうのだ。

では、歩めないと、どうなるのか。
そう、仕事ができなくなる。数日以内に納品しなくてはならない記事があるのに、その先にも納期が待ちかまえているのに。脳の中が本の内容でいっぱいになって、なにも手につかなくなるのだ。もちろん、家事もおろそかになる。先日は遠足の日にお弁当を作り忘れて、こどもたちに朝から呆れられた(冷凍食品さまのおかげで、なんとか間に合った。セーフ!)。

いい本であればあるほど、思考がぐるぐるする。停滞する。
言語化できない思いが生まれて、言葉にできるまで読むのをやめてしまう。
そんなわけで、わが家には読みかけの本がたまっている。部屋中掃除しても、本棚だけは片付けられない状態が続いている。

本を読まない自分が恥ずかしくなった日

「もともと本が苦手だし、時間もないし、まあいっか」。
今年の1月8日までは割と本気でそう思っていた。なんとかなるでしょ、くらいに考えていた。

でも、1月9日からライター・コラムニストの佐藤友美さん(さとゆみさん)主催のゼミに参加して、自分が間違っていることに気付いた。
書く仕事をしている方々の姿勢や、一文字一文字に込めた思い。そして、本が出るまでの過程を垣間見て、自分が恥ずかしくなった。

私、もっと書けるようになりたい。
熱を帯びた仕事がしたい。

そう思い、3月24日にゼミを卒業した翌日から、「まずはちゃんと本を読もう」と決めて過ごしてきた。

もちろん、「やろう」と決めてすぐできるほど、できた人間じゃない。
納期に追われて、1行しか読めない日もあった。Amazonオーディオブック(Audible)でしか、本に触れられない日もあった(むしろ、そんな日のほうが多かった)。

でも、それで良しとした。
それでもいいから、読め、聞け、自分。と、言い聞かせてきた。

いつしか紙の本が読めていた

Audibleばかり聴いていた、ある日のこと。

どうしても読みたい本があって、Audibleで検索したけど出ないことがあった。当たり前だが、Audibleには取り扱っていない本もある。ああ、どうしよう。聞きたいのに、無い。早くあの本に触れたいのに、内容が知りたいのに。

迷った挙句、Amazonのサイトにアクセスして、久しぶりに紙の本を注文した。その本は表紙のデザインが本当にきれいだったから、せっかく買うなら、Kindle版ではなく紙にしようと思った。

届いたのは翌日。玄関で薄い段ボールについたペラペラの部分を勢いよく引っ張り、読みたかった本を手にした瞬間、「あ、今なら読めそう」と思った。

そこから、数時間。気がつくと日が傾いていた。
読めた、読めちゃった。やばい、また言葉にできない気持ちでぐしゃぐしゃ。勢いにまかせて泣いちゃって、顔もぐしゃぐしゃ。

でも、よかった。
この数時間で私は、たくさんの気付きに出会っても、心が揺れても、読み続けることができたから。

そんなこんなで、Audibleの無料お試し期間終了とともに、「本を聞く」生活から「本を読む」生活にシフトすることにした。

まだまだ本棚には、積読がいっぱい。
今日はまだ数ページしか読んでいない。いつになったら読み終わるのか、わからない。
でも、まだ読まれていない本たちを見るたびに、愛おしい気持ちがこみ上げてくる。

今夜はどの本を持って布団に入ろうか。


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