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その地域での暮らしがあってこその農業

現代農業の特集に書いてありました。

自分の農業経営をどんなに立派にしても、その地域で暮らすことができなくなれば元も子もありません。農業を営む地域での暮らしがあってこその農業です。


この言葉がここ数日反芻するように頭の中にふとよぎります。まだまだ言語化するに至らないのですが、自分の中で大切にしたいことに近い気がするのです。



過疎化と連想すると危うく切実な響きにきこえますが、これぞ山間部の魅力ではないかと思うのです。鳥取に来て半年が経って、子育てしやすい環境というのはもちろん、長く暮らしていきたいなという思いが強くなってきました。



都会で暮らしてきた時間と流れがちがうのが、とにかく心地よいんです。農家の先輩たちに田畑で作物を育てていくことを教えてもらっています。そこでは「土が育つには100年かかるから」、「種をとりつづけてくるとその土に馴染んでくる」と言葉をもらい、続けていくことの面白さを作業を通して体感します。



これってお金で買えないじゃないですか。



山間部では続けることの価値が強いというか、続けないと生活していけないんですよね。そうなると山を捨てて都会にでていくしかない。



逆に言えばその里山の環境と付き合い続けていくほど住みやすくなる


里山と付き合っていくって個人じゃ本当に厳しいです。人ひとりの力が2人、3人になることのありがたみをすごい感じます。都会にいるときゃ、ひとりがいいなとさえ思ったりしていたのに。




冒頭の引用に戻ります。


その地域で暮らすことができなくなれば元も子もありません。地域での暮らしがあってこその農業です。


里山で暮らすことは自分さえ良ければいいものでなくって、一緒に暮らしている人たちと協働することをよく実感できます。そして山と人との協働で住みやすくなってきた環境に移住して住みたい、次の世代が帰ってきたいとなればワクワクしますね。



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